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養生訓 巻第五 洗浴


 湯浴は、しばしばすべからず。
温氣過ぎて、肌開け、汗出で、氣、ヘる。
古人、十日に一たび、浴す。
うべなるかな。
ふかき盥に、温湯、少し入れて、しばし浴すべし。
湯、あさければ温過ぎずして氣をヘらさず。
盥ふかければ、風寒にあたらず。
深き温湯に久しく浴して、身をあたため過すべからず。
身、熱し、氣上り、汗出で、氣、ヘる。
甚だ害あり。
又、甚だ温なる湯を、肩背に多くそそぐべからず。


 熱湯に浴するは、害あり。
冷熱は、みづから試みて沐浴すべし。
快にまかせて、熱湯に浴すべからず。
氣、上りて、へる。
殊に目をうれうる人、こごえたる人、湯に浴すべからず。


 暑月の外、五日に一度、沐い、十日に一度、浴す。
是れ、古法なり。
夏月に非ずして、しばしば浴すべからず。
氣、快しといえども、氣、ヘる。


 あつからざる温湯を、少し盥に入れて、別の温湯を、肩背より少しづつそそぎ、早くやむれば、氣、よくめぐり、食を消す。
寒月は、身、あたたまり、陽氣を助く。
汗を発せず。
此の如くすれば、しばしば浴するも害なし。
しばしば浴するには、肩背は、湯をそそぎたるのみにて、垢を洗わず、只、下部を洗いて早くやむべし。
久しく浴し、身を温め過すべからず。


 飢えては、浴すべからず。
飽きては、沐うべからず。


 浴場の盥の寸尺法、曲尺にて竪の長さ、二尺九寸、横のわたり、二尺。
右、何れもめぐりの板より内の寸なり。
ふかさ、一尺三寸四分、めぐりの板、あつさ六分、底は猶あつきがよし。
ふた、ありてよし。
皆、杉の板を用ゆ。
寒月は、上とめぐりに。風をふせぐ、かこみ有るべし。
たらい浅ければ風に感じやすく、冬はさむし。
夏も、たらい浅ければ湯あふれ、出でてあしし。
湯は、冬もふかさ六寸にすぐべからず。
夏はいよいよあさかるべし。
世俗に、水風爐とて、大桶の傍に銅爐をくりはめて、桶に水ふかく入れて、火をたき、湯をわかして浴す。
水ふかく、湯熱きは、身を温め過し、汗を発し、氣を上せへらす。
大に害有り。
別の大釜にて湯をわかして入れ、湯、あさくして、熱からざるに入り、早く浴しやめて、あたため過さざれば、害なし。
桶を出でんとする時、もし、湯、ぬるくして、身、あたたまらずば、くりはめたる爐に、火を少し、たきてよし。
湯、あつくならんとせば、早く火を去べし。
此の如すれば害なし。


 泄痢し、及、食滞・腹痛に、温湯に浴し、身腹をあたためれば、氣、めぐりて、病いゆ。
甚しるしあり。
初発の病には、薬を服するにまされり。


 身に小瘡ありて熱湯に浴し、浴後、風にあたれば肌をとぢ、熱、内にこもりて、小瘡も、肌の内に入りて、熱生じ、小便通ぜず、腫る。
此の症、甚だ危し。
おおくは、死す。
つつしんで、熱湯に浴して後、風にあたるべからず。
俗に、熱湯にて小瘡を内にたてこめると云えど、左には、あらず、熱湯に浴し、肌表、開きたる故に、風に感じやすし。
涼風にて、熱を内にとじる故、小瘡も共に内に入るなり。


 沐浴して風にあたるべからず。
風にあわば、はやく手を以て、皮膚をなでするべし。


 女人、経水来る時、頭を洗うべからず。

十一
 温泉は、諸州に多し。
入浴して宜しき症有り。
あしき症あり。
よくもなく、あしくもなき症有り。
凡そ此の三症有り。
よくえらんで浴すべし。
湯治してよき病症は、外症なり。
打身の症、落馬したる症、高き所より落ちて痛める症、疥癬など皮膚の病、金瘡、はれ物の久しく癒がたき症、およそ外病には、神効あり。
又、中風、筋引つり、しじまり、手足しびれなえたる症によし。
内症には、相應せず。
されども氣鬱、不食、積滞、氣血不順など、凡そ、虚寒の病症は、湯に入りあたためて、氣めぐりて宜しき事あり。
外症の速に効あるには、しかず、かろく浴すべし。
又、入浴して益もなく害もなき症多し。
是れは、入浴すべからず。
又、入浴して大に害ある病症あり。
ことに汗症、虚労、熱症に尤もいむ。
妄に入浴すべからず。
湯治して相應せず、他病おこり、死せし人多し。
愼しむべし。
此の理をしらざる人、湯治は一切の病によしとおもうは、大なるあやまちなり。
本草の陳蔵器の説、考えみるべし。
病治の事をよくとけり。
凡そ、入浴せば實症の病者も、一日に三度より多きをいむ。
虚人は、一両度なるべし。
日の長短にもよるべし。
しげく浴する事、甚だいむ。
つよき人も湯中に入りて、身をあたため過すべからず。
はたにこしかけて、湯を杓にてそそぐべし。
久しからずして、早くやむべし。
あたため過し、汗を出すべからず。
大にいむ。
毎日かろく浴し、早くやむべし。
日数は、七日、二十七日なるべし。
是れを俗に、一廻二廻と云う。
温泉をのむべからず。
毒あり。
金瘡の、治のため、湯浴して、疵癒んとす。
然るに温泉の相應せるを悦んで飲めば、いよいよ早くいえんとおもいて飲みたりしが、疵大にやぶれて、死せり。

十二
 湯治の間、熱性の物を食うべからず。
大酒大食すべからず。
時々歩行し、身をうごかし、食氣をめぐらすべし。
湯治の内、房事をおかす事、大にいむ。
湯よりあがりても、十餘日いむ。
灸治も同じ。
湯治の間、又、湯治の後、十日ばかり補薬をのむべし。
其の間、性よき魚鳥の肉を、少しづつ食して、薬力をたすけ、脾胃を養うべし。
冷て性あしき物、食すべからず。
又、大酒大食をいむ。
湯治しても、後の保養なければ益なし。

十三
 海水を汲みて浴するには、井水か河水を半入れて、等分にして浴すべし。
然らざれば熱を生ず。

十四
 温泉ある処に、いたりがたき人は、遠所に汲みせて浴す。
汲湯と云う。
寒月は、水の性損ぜずして、是れを浴せば、少し益あらんか。
しかれども、温泉の地よりわき出でたる温熱の氣を失いて、湯氣、きえつきて、くさりたる水なれば、清水の新たに汲めるよりは、性おとるべきかという人あり。

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