「白鯨」読書感想文
著者
ハーマン・メルヴィル(1819~1891)
2月4日読み始め2月26日読了。
印象に残った人物
クィークェグ。南海の孤島生まれ、武者修行的な感覚で、捕鯨船に乗り込む。銛打ちの名人で、ルパン三世でいえば五右衛門のようなクールさがある。
あらすじ
白鯨モービィ・ディックに片足をもぎ取られた捕鯨船の船長エイハブが、復讐の鬼となってモービィ・ディックを追う。それを捕鯨船でたった一人生き残ったイシュメールが語っていくという構成、ではあるものの、その内実は……。
感想
「知的ごった煮」と評されるこの物語、どんなものかとページを繰っていくと、いやはやその通り。ストーリーは一般的に知られている通りではあるものの、その肉付けのボリュームが凄まじい! まず物語が始まる前に出てくるのが、「ピークオッド号の航跡」という見出しの世界地図! さらに、捕鯨船や捕鯨ボートの各部名称を図解で紹介! 続けて、鯨、特にマッコウクジラに関して記述のある文献や物語などを片っ端から引用。これが上巻の54ページまで続く。もういいよ、もうお腹いっぱいだよ、となったところで、ようやく物語スタート!
上巻の中盤過ぎまでは、純粋に物語の世界を楽しむことができていたんだけど、だんだん様子が変わってきた。鯨についての学術的、歴史的な記述のみの章がいくつも出てきて、「一体俺は今何の本を読んでいるんだ?」という不思議な感覚に陥ること度々。幼いころ、父の運転する車に乗っていて寝てしまい、そのまま家に到着して、気づいたら布団の上で、「あれ? ここどこ?」といった感覚とでも言おうか。
かと思うと、いきなり戯曲風な語り口に変わって、あたかも演劇でも観ているような気にさせられたりと、まさしく「ごった煮」! 読者を楽しませるためなら何でもあり! これはもう、小説というよりも「百科事典」という言葉の方が適当なんじゃないだろうか。タイトルも「白鯨」なんていう意味を限定してしまうタイトルよりも、「捕鯨大百科」の方が合っているような気がする。
しかし、そんなハチャメチャな記述の連続も、クライマックスでは満を持して登場したモービィ・ディックによって、ビシッと引き締まる! それまでもマッコウクジラは何度か出てくるが、このモービィ・ディックの描写はさすがに力の入り具合が違う!
ちょっと長いけど、特にかっこいいなあ!と思ったところを引用します。(※)は私の補足です。
なんだか、その光景とか、ボートに乗っている人たちの恐怖心や高揚感がありありと伝わってきませんか?
ちなみに、エディストン灯台はこんな感じのようです↓
とにかくまあ、最後の70ページほどは、こういったモービィ・ディックの描写がふんだんに出てきて、そのたびにドキドキワクワク感がそれこそ大波のように高く舞い上がって、鼻血ブーで大散華状態でした。
一応小説家を目指している手前、「ドキドキワクワク感」とか「鼻血ブー」といった幼稚な言葉遣いは、このnoteでは避けているのですが、なんというかこの「白鯨」の感想を現わすには、そういう直情的な言葉の方がしっくりくるような気がするんです。もっと簡単に言うと、
「デカい!」「強い!」「すごい!」「怖い!」「かっこいい!」
モービィ・ディックに対する感想は、そういうシンプルな言葉が相応しいと、そういうことです。
小説か否か?
白鯨はよく「小説のルールをぶち壊している」と言われたりします。なるほど、小説の定義が「物語」ならばその指摘は正しいかもしれません。でも、そもそも小説とはなんぞや、と考えたときに、明確な答えってないんですよね。小説という言葉は昔むかーし中国で生まれたようで、当時の中国文芸界では詩こそが最も優れた文章表現で、物語はそれよりも下という意味で「“小”説」と命名されたと聞いています。まあ、今ここで論じているのはノベルとしての小説なので、そのことはちょっと置いといて、「novel」の語源について調べてみました。
するとなんとも分かりやすい。「novel」という単語の由来は「新しい」を意味するラテン語 “novus” なんだそうです。
新しい、つまり常に新しい表現方法を模索することが小説そのものなのです。ということは、「なんじゃこりゃ!」と戸惑いながらも最後まで楽しめてしまう「白鯨」は、まさに小説(novel)そのものなんじゃないでしょうか?
余談
「白鯨」のクライマックスでは“特別な銛”が出て来ます。これを読んで、私は昔読んでいた漫画を思い出しました。真っ白な九尾の狐「白面の者」を主人公うしおが持つ「獣の槍」でやっつける「うしおととら」。作者の藤田和日郎さんの白鯨に対するオマージュだと、勝手に思ってます。
もう一つ漫画繋がりで、「白鯨」を読んでいて思い出したのが「魁!!男塾」。ストーリーと直接関係ない膨大な蘊蓄が、男塾によく出てくる架空の出版社「民明書房」からの引用を思わせる。
評価
細かい技法的なことはさておき、インパクトという面では他の追随を許さない! まさしく、でっかくて他とは毛色が違って、モービィ・ディックそのもののような小説が、この「白鯨」!!
これを読まずして、小説は語れない!!!!