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#4 【夏休みの自由研究:1】「強弱記号」の解像度を上げよう | 音楽おもしろ豆知識

連載「明日誰かに話したくなる音楽おもしろ豆知識」
音楽がより身近に感じられる、ちょっとした雑学やおもしろエピソードをお届けします。


楽譜上で、音の強さや弱さを指示する「強弱記号」
義務教育の教科書や初学者用のテキストでも、
「f(フォルテ:強く)」
「p(ピアノ:弱く)」
という知識は、必ず学びます。

この「強く・弱く」、分かりやすくシンプルな翻訳ですが、音楽を演奏する、または楽譜を書く際に、「少々大雑把だなぁ」と感じることもあります。
そこで、「強弱記号」を、「強、弱」という二種類の表現ではなく、もう少し高い解像度で解釈してみたいと思い、「フォルテ」「ピアノ」という単語の成り立ちや、音楽以外での意味、用法について調査しました。(あわせて、フォルテ・ピアノにくっついて使われる「m(メゾ:やや○○)」についても調査しました)

【注意】本記事は、強弱記号について、語源や近しい由来の言葉、また音楽以外の用法について調べることで、より多様で自由な解釈ができるのでは、という意図で執筆しています。
が、音楽の筆記試験等で意味を問われた際には、教科書通りに「フォルテ=強く」「ピアノ=弱く or 静かに」と回答することを強くお勧めします。(それ以外の回答は誤答とされる可能性が高いです。)


■forte(フォルテ)

音楽用語としては「強く」という意味で用いられます。

フォルテ:音楽用語として「強く」という意味

forte(イタリア語):力強く

ラテン語「fortis」(力強い)に由来するイタリア語です。
(人や物、感情などの)強さ、(感情や状況の)激しさを表します。

副詞として「力強く、激しく、大量に、速く、大声で」
形容詞として「力強い、(精神的に)強固な、精力的な、権威がある、丈夫な」
といったような意味があります。


「フォルテ」と同じ由来の言葉

・force:力

体力、武力、精神力など、あらゆる「力」を意味する英単語です。

 “May the Force be with you.”
(フォースと共にあらんことを。)

「スター・ウォーズ」シリーズより

物理(力学)の公式に登場する「F」(例えば運動方程式「ma = F」など)は、「force」の意味ですので、フォルテの「f」と親戚のようなものと言っても良いと思います。
(ちなみに同じ物理でも、音や光などの分野で出てくる小文字の「f」については、「frequency(周波数)」の意味なので、「フォルテ」とは全く関係ありません。)

・comfort:慰める、励ます/快適さ

分解するとcom(強意。"より○○")+ fort(強い)

(心を)より"強く"させる→「慰める、励ます」
"強さ"によって安心感を与える→「快適さ」
という意味の英単語です。
こちらは瞬発的な力というよりも、精神的または社会的な強さ・頑丈さのようなイメージでしょうか。


音楽における「フォルテ」

強弱記号の「フォルテ」は、「(音量の)大きさ」を示す記号だと思われていることもありますが、正しくは「(力の)強さ」です。
精神的な力、社会的な力、物理的な力…色々な種類の「力」がありますが、楽譜上の「フォルテ」と記された箇所で、どのような類の「力の強さ」が求められているのか考えてみると、演奏表現の幅が広がると思います。


■piano(ピアノ)

音楽用語としては「弱く」「静かに」といった意味で用いられます。

ピアノ:音楽用語として「弱く」という意味

piano(イタリア語):静かに、ゆっくりと

ラテン語「plānus」(平らな)に由来するイタリア語です。
(地形などが)滑らか、平坦であること、(性格や状況が)平静、穏やかであることを表します。

副詞として「静かに」「ゆっくりと」「慎重に、繊細に」
形容詞として「均一な、凹凸のない」「スムースな、シンプルな」「明瞭な、理解できる」といった意味を持ちます。

暴走タクシーに乗ってしまった際などは「piano!」と叫ぶと、スピードをゆるめてくれるとか…

イタリア語の会話では「piano=弱い」ではなく「ゆっくり」という意味で使われることが多く、「piano,piano」と言うと、「ゆっくりゆっくり、少しずつ」といった意味になったりもするようです。

【注意】楽譜上の「piano」は音色表現に対する指示であり、「ゆっくりと(=速度を落とす指示)」という意味で書かれていることは基本ありませんが、言葉のイメージを掴むために取り上げました。


「ピアノ」と同じ由来の言葉

・plane:平らな、水平な/飛行機

たしかに飛行機は水平に静かにゆっくりと慎重に繊細に凹凸なくスムースに飛んでほしい。

・plain:わかりやすい、装飾のない/平野、平原

プレーンヨーグルトの「プレーン」です。


音楽における「ピアノ」

教科書や音楽教材などでは、"ピアノ=弱く、小さな音で" などと記されることが大変多いです。
「小さな音」というのも間違いではありませんが、私は「やわらかに」「静かに」のように解釈して演奏することが多いです。
曲によっては「シンプルに」や「凪」のような意味で捉えるのがしっくりくる場合もあると思います。


■mezzo(メゾ)

フォルテ・ピアノに付随して、「やや強く」「やや弱く」という意味で用いられます。

メゾフォルテ(やや強く)
メゾピアノ(やや弱く)

mezzo(イタリア語):中間、中央、半分

ラテン語「medius」や、インド・ヨーロッパ祖語「*medhyo-」(中間、中央)に由来します。

「メゾフォルテ」は「半分フォルテ」なので「"やや"強く」
「メゾピアノ」は「半分ピアノ」なので「"やや"静かに」と訳されます。

【インド・ヨーロッパ祖語とは】インドおよびヨーロッパの諸言語(ラテン語、古代ギリシア語、サンスクリット語など)の共通の祖先(祖語)として理論的に構築された仮説上の言語です。
文字を持たなかったため証拠が存在せず、理論的に再建された語であることを示すために単語に「*(アスタリスク)」が付けられます。


「メゾ」と同じ由来の言葉

・medium:中くらい

生活の中でも、ドリンク、ポテト、ピザ、服、その他諸々のサイズを指定するときに使う「ミディアムサイズ(Mサイズ)」の「ミディアム」。
large(大きい)とsmall(小さい)の「中間」を意味する言葉です。
「"Mサイズ"の"M"」と「"メゾフォルテ"の"m"」は同じような意味、ということです。

・midnight:真夜中

mid(中間) + night(夜)で、「夜の真ん中="真夜中"」という意味です。

・Mesopotamia:メソポタミア

四大文明の一つ、「メソポタミア文明」の「メソ」と、メゾピアノ・メゾフォルテの「メゾ」も同じ意味です。ティグリス川とユーフラテス川の「間」で発展した文明なので、「meso(間)+ potamia(川)」と名付けられました。


強弱記号とは何なのか

「強弱記号」は音の「強さ、弱さ」を指示する記号であることは間違いありません。
ですが、この「強さ、弱さ」が、必ずしも音量のみについて言及したものとは限らないと思います。

もちろん「音量」は音楽を表現する上で大切な要素ですが、例えば「音量は変化しないけれど静けさを表現してほしいという意味でのピアノ」とか、「音量としては静かだけど精神的にはフォルテ」などということも考えられます。

作曲者によって、時代や地域によって、また書かれた楽譜を読み解く演奏者の解釈によって、幾千種類にも広がる「ピアノ」「フォルテ」の可能性。
楽譜を用いて音楽を演奏する機会がある方は、ぜひそのあたりも楽しみながら楽譜を読み解いてみてください。


夏休みのおともに涼しい音楽を。


松岡美弥子 Miyako Matsuoka
作曲家、ピアニスト

東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。同大学院音楽文化学専攻音楽音響創造領域修了。自在な表現法を武器に、作編曲家としてゲーム、アニメ、映画、舞台等の音楽やアーティストへの楽曲提供などを中心に幅広いジャンルで活動する。
ピアニスト・キーボーディストとして、様々なアーティストのライブサポートやレコーディングに参加している。

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