【連載小説】『独り日和 ―春夏秋冬―』その21
「喫茶店の男性」
「あのお客さんはよく来るの?
私も向こうに越してから、
ここにはあまり来ないから分からないけど、
初めて見た? 」
冬がちらりと男性を見た。
スーツの着こなしがお洒落だが、
サラリーマンという感じには見えない。
キリっとした顔つきの紳士だ。
「最近、週に一、二回? 珈琲を飲んで、
一時間位休んで帰っていくの。
あの窓際の席がお気に入りみたいで、
外を見てるわよ」
美幸がカプチーノを入れながら話した。
「そう」
冬は外の様子が気になるような表情で見つめる姿に、
少し気になりながら見ていた。
美幸は出来上がったカップをトレイに乗せて、
テーブルに運んでいった。
「どうぞ。ごゆっくり」
「有難う」
男はそういうと本を手に、カプチーノを呑んだ。
男の視線が窓の外に向かい、
ふと優しい目つきになってホッとした様子で微笑んだ。
その時シュートが店に入ってきた。
瞬間男は下を向き、本で顔を隠した。
「冬さん来てたんだ。春と小春がいたからさ。
俺が散歩に連れてってもいい? 」
「いいわよ。お散歩バッグはいつもの所にあるから」
「分かった」
「お仕事は? 」
「今日は早く終わったんだよ。
このあと耕太にライブに来いって言われたから、
ちょっと見てくる」
「そう。気を付けてね」
「はい」
三人に見送られ、シュートが走って向かいの家に入った。
「シュートくんが来てくれて、
本当に助かってる」
美幸が笑って冬を見た。
「耕太は掃除なんてちゃんとしないじゃない。
シュートくんは綺麗に使ってくれるから、
私が楽になったわ」
「シュートくんも松子と美幸ちゃんの食事が、
おふくろの味みたいだって喜んでたから、
丁度よかったじゃない」
「じゃあ、今日はシュートくんが好きな、
生姜焼きでも作ろうか」
松子は笑った。
そんな話を楽しそうに聞く窓際の客に、
冬は近づくと、
「サクヤは元気ですか? 」
と聞いた。
「!! 」
男性は驚いた表情で顔をあげると、
冬を見上げた。
やっぱりそうか。
冬は笑顔になると、
「ちょっといいですか? 」
返事がないのでそのまま、
真向かいの席に座った。
「シュートくんにお話聞いてるんです。
若頭のアニキさんでしょうか」
冬の言葉に顔をゆがめると、
男は小さく笑った。
「あいつをこの世界に連れてきたのは俺なんでね。
気になってしまって。
勝手に引き入れて、勝手に追い出して、
自分勝手な奴だと思うでしょ? 」
「そんなことはないでしょう。
シュートくんはちゃんとわかってますよ」
「えっ? 」
視線を伏せていた男が冬を見た。
「シュートくんがあなたがいなければ、
今頃死んでたって言ってました」
「………シュートを放り出していても気になって、
知り合いの不動産屋にお願いして、
住む場所と就職先だけ確保はさせたんです。
勿論シュートに内緒で」
男が笑った。
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