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お昼はカレーだった
池袋のサンシャインにある、ネコのキャラクターの小さなレジャー施設。
大きなオタクになってコラボだなんだと足繁く通う今、思い出すことがある。
僕がそこを初めて訪れたのは、高校一年生の頃。僕のことを好きだと言う男友達と、それを彼から聞いた女友達がバイト先で貰ったからと譲ってくれたペアチケットで、夏休みに約束をして行った。
当時、僕には付き合っている相手がいた。それは彼になんとなく話していたし、向こうも「羨ましいなぁ」と言って、好きだった同級生の女の子の話なんかをしていた。
当日。なんとなく、彼の好きな色の服を着て行った。それは偶然自分の好きな色と一緒だったから、と半分言い訳のように考えていた。
改札で待ち合わせ。予定より早く着いた僕より更に早く、彼は腕組みをして立っていた。
同じ色のシャツを着ていたので、思わず向かい合って固まった。数秒の後に二人して吹き出して、そのまま笑いながら歩き出した。
入園してゲームをしたりグッズを見たり、キャラクターショーを観たりしながらぐるぐると楽しんだ。
昼食の時間になり、レストランに入った僕は食事の値段に渋い顔をした。学校が遠くてバイトをする余裕が無かった僕には、なかなか痛い金額だった。
悩みながら注文を終えた僕に、彼が「奢るよ」と言ったので「え?」と聞き返した。彼も部活が忙しくて同じ状況だと話していたからだ。
それなのに、色白の彼は耳を真っ赤にして「実は俺、今日の為に単発のバイト紹介してもらって行ってたんだ」と言った。
僕はそれを聞いて、周りの音が遠くなるくらい胸が苦しくなった。
喉に声が詰まって、不自然な間の後に「はっ」と下手な力無い笑いを精一杯漏らした。
注文する前に言えよな、それならもっと食べたのに。そうふざける僕に「追加する?」と大真面目な声が返ってきたので、慌てて断った。
それから、またアトラクションを回って、今はもう無いオバケコーナーでお揃いの消しゴムを買った。彼が出してくれた。僕はお礼を言って受け取った。
最後に甘いものを食べようと、クレープかアイスを買ったと思う。それで、同じくいまは無くなってしまった、大きな木の周りにイスとテーブルが置いてあるところに座った。この辺の記憶は少し朧げだ。
司会のような女性がいて、何かを話していたと思う。よく覚えていないけれど、周りがカップルだらけだなぁと思ったのはよく覚えている。
相性のいいカップル、幸せになれるカップル、そんなことを言って、数組がスポットライトのようなもので照らされていった。
まさか、そんなわけないよな。
そう思った瞬間に僕たちの頭上のライトが明るくなって、幸せなカップルを祝福するような言葉が聞こえて、僕は呆気にとられた。漫画みたいだと思った。
「え、これ、俺たちのこと?」狼狽える僕に、彼は半笑いで「だろうね」と答えた。
僕は小柄で童顔がコンプレックスだったので(いま考えればその歳で童顔も何もない)、女の子に見えたのかもしれない、と思った。
周囲の目が集まる中、僕は咄嗟に持っていたマスクをして下を向いた。怖かった。本当にカップルだと思われること。それによって向けられる好奇の目、聞こえてくるであろう嫌な言葉。
そして何より、それを彼が受けること。
僕は、彼の好意に応えることは出来ない。だからこそ、せめて今日は楽しい思い出になって欲しいと思った。彼の好きな色を着て、楽しく遊んで、良い思い出になって欲しいと思って一日過ごしていた。
どうしよう、せめて自分が女の子だったなら、と思って心臓がバクバクし始めた、その時。
彼が司会らしい女性に明るい声で「俺たち男同士でーす」と言った。
思わず顔を上げる。彼はピースをしていた。
焦って謝る女性の声と、永遠の友情がとかなんとか言っているのが聞こえたけれど、僕はまた周りの音が遠くなって今度こそ何も聞こえなくなった。
「今日はありがとう」とお礼を言って、また学校で、と何故か握手をした。なかなか離してくれなかった。
僕の耳はずっと火照っていて、何か言わなきゃ、ふざけなきゃと思ったけれど「さっきカッコよかったよ。ありがとう」と小さい声で伝えただけだった。
彼は手を離して「だけどなぁ」とだけ言って、じゃあ、と踵を返して行ってしまった。
僕はその時初めて、いつも彼が言う「羨ましいなぁ」は、僕が付き合っている相手に対してだったんじゃないかと思った。
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