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ただ、淡々と

離島生活も、早いもので18日目。
島に来てから、様々な「初めて」を味わっている。
自ずと毎日が濃いものとなり、1日1日しっかり「生きている」と感じることが多い。
それにしても、島の観光シーズンのピークはもう終わっている。
閑散期に入る秋は、観光客もまばらだ。
自宅兼勤務先のお店も、私が来たばかりの頃は団体のツアーが1日4、5組入っていたのが、今では1、2組だ。なんならゼロの日もある。
忙しすぎるのも嫌だが、暇すぎるのも嫌だ。
つくづく人間はワガママな生き物である。

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今日は休日。風が少し強いが晴れている。
いつも通り朝6時に目覚めた私は、窓の外を見て、ちょっと遠出してみることに決めた。
自宅から片道徒歩1時間15分。
Googleマップによるとそのくらいかかるらしいその場所は、島でそこそこの知名度を誇る沼である。
沼というと汚そうなイメージだが、私が今から行こうとしているところは、美しい原生林の中を散策でき、湧水が汲めるスポットもあるらしい、綺麗なところだ。
別にそれほど行きたい気持ちは無かったが、何せやることが尽きてきた。
隣町は遊びに行くにもそれなりに交通費がかかってしまうし、休日でもご飯が出るのにわざわざ外食ばかりするのも憚られる。
ということで、歩いていける観光スポットをしらみつぶしに行ってみることにしたのだ。

海沿いを歩くのは気持ちがいい。
ほぼ道なりなのでマップをいちいち見る必要もない。
所々橋がかかっていて、透き通った水が流れていた。
島にはいくつかの湧水スポットがあり、水が美味しいことでも有名らしい。
青森の水道水もかなり美味しいと思っているが、湧水となるとまた違うのだろう。

歩けど歩けど、目的地へ近づいている気がしない。
左手には海、右手には山で、所々人が住んでいるのかいないのかわからない建物がある。
人も車も殆ど通らない。
なんだか世界に自分しかいないような気持ちになった。
けれどそんなことはなくて、しばらくすると沼の入り口を示す看板が見えてきた。
看板を少し過ぎると、道は登り坂に変わった。
太ももや膝にくるタイプの坂だ。
1歩1歩踏みしめながら、ゆっくりと登る。

中間地点の展望台までやってきた。
自分が住んでいる街がとても小さく見える。
丁度、港へフェリーが向かっているところだった。
島に来てから毎日の様にフェリーを目にするが、見るたびにテンションが上がるから不思議だ。
私もあれに乗って、この島にやってきたのだ。

沼への入り口は、ジブリ映画にでも出て来そうな雰囲気の橋がかかっていた。
意外としっかりしていて揺れることはなく、下を覗くと川が流れていた。
高さはそれなりだったので、少し心臓がキュッとなった。

ようやっと沼に辿り着いた。
感想は「なんだ、こんなもんか」である。
島に来て、たくさんの美しいものを見た後だからか、ただ高いところに綺麗な湖がある、それだけのように思えてしまった。
私はやっぱり、白い恋人のパッケージの聖地となった丘の方が好きだなあと、沼を眺めながら思ってしまった。
それでも、手の加えられていないありのままのこの沼は、ただただ静かで、美しかった。

休憩所でソフトクリームが食べられるとネットで見たのに、古い情報だったのだろう、ソフトクリームは販売していなかった。
私は途中から、ソフトクリームのために頑張ろうと、それなりの斜面をひいひい言いながら登っていたので、大いにガッカリした。
ソフトクリームへの未練たらたらになりながらも、来た道を戻ることにする。
降りる時は降りる時で、膝に負担がかかってくる。
途中、ゆっくりと坂を登るお爺さんとすれ違ったけれど、下りは大丈夫だろうかと心配になった。

無事に山を降り、帰宅した頃にはもうクタクタだった。
朝から15,000歩も歩いてしまった。
もう何もしたくなかった。
部屋で大の字になり、そのまましばらく眠った。
そしてだるい体を起こして、ご夫婦が用意してくれたご飯を食べた。
その時、私はいつまで島にいるのかを、痺れを切らして聞いてみた。
すると奥さんから、少しだけ契約期間の延長をお願いされた。
予定より少し延びて、今月いっぱいは島にいることになった。
私は安堵した。
契約期間が未確定の宙ぶらりんの状態はなんだか心地悪かった。
帰る日が明確になったので、航空券が取れるし、札幌に寄って観光する予定も立てられる。
身体が疲れていたので、午後は部屋でゆっくりとその計画を立てる時間に充てることにした。

今日の夜は、ご夫婦と、同じく住み込みで働く女の子、その他ご近所さん数組でバーベキューをやるという。
晩ごはんの提供がそれに当たるので、私も参加を勧められた。
しかし、私は嫌な予感でいっぱいだった。
知らない人たちとバーベキューなんて、怖い。
バーベキューなんてのは、気心知れた人たちで楽しむものではないのか。
島のネットワークに部外者の私が入れる気がしなかった。
しかし、お酒や美味しい肉や野菜が食べられるのならと参加することにした。
不安な気持ちを抱えながら、午後の時間を過ごしていた。

あれ?バーベキューはどうした?
お答えしよう。
一応参加したのだが、耐えられず途中退出させてもらった。
外に出て、奥さんにそっとLINEを送る。

「疎外感に耐えられないので出ます。丁度友達から電話があったので、そのまま部屋にいます。気にせずに楽しんでください!」

友人と電話する時はいつも事前に予定を合わせるので、もちろん電話などかかってきていない。
が、そうでも言わないと不自然すぎる。
奥さんから謝罪と、おにぎりをカウンターに置いておいたよと連絡があったが、別にいらないと思った。
私が会場(自宅の車庫)に入った時にはもう他のメンバーは全員揃っていたらしい。
大人が4、5人、子どもが2、3人。
子どもの「誰〜?この人」という声。
その他知らない人たちのなんとも言えない気まずい視線。
ご夫婦も、私が何者なのかを説明してくれるわけでもない。
例の住み込みの女の子は、「こいつも来るんか」と顔に出ているし、居心地悪いったらありゃしない。
しかも、うまく炭に火が付いておらず一生焼けない肉。
私の知らない人の話題で盛り上がる、島の人たち。
ついていけないし、ついていきたいとも思わない。
これなら、1人で目の前のセイコーマートでご飯を買ってきて食べた方が何倍もマシだ。
私はもう、以前の様に様々な事に我慢して自己犠牲的に生きる私ではない。
自分を満たす方法を、知っているのだ。 

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というわけで、セイコーマートで食べたいものを見繕い、安全な部屋に戻ってきたというわけだ。
HSPの人なら特に、「直感的に」この人と合う、合わないがわかることはないだろうか。
島の人を差別する訳では決してないのだが、目があった時点で合わないと思ってしまった。
明らかに私を歓迎していなかった。
セイコーマートの若い女の子の店員さんが優しかった。
バーベキュー、抜け出して来たよと母に言うと、そうか、そんなの行かなくたっていいよなあと味方してもらった。
添加物を使っていない塩味の焼き鳥とししゃもが、美味しかった。
それだけで、充分だった。
明日もただ淡々と、私は働く。
誰にどう思われようが、淡々と、私は私でいる。

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