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農家グループの参加型学習の手法、ファーマー・フィールド・スクールとは

アイ・シー・ネットでは20以上の専門分野において、専門家たちがプロジェクトを実施しており、現場では色々な手法を活用しています。今回は農業分野で活用している手法のひとつ、ファーマーフィールドスクール(以下FFS)について、長年FFSに携わってきた当社コンサルタントの小川に、話を聞きました。

小川 慎司
フォレスター。青年海外協力隊、複数のJICAの林業プロジェクトで長期専門家、個人コンサルタントを経て2010年アイ・シー・ネットに入社。開発コンサルタントとしてJICAの森林、農業普及プロジェクトに従事。FFSは2004年にケニアの社会林業プロジェクトで導入して以来、20年間一貫して実践してきている。

FFSの概要

FFSを一言で言うと、農家グループの参加型学習の手法と言えます。技術普及をする際、農家がグループを作って自ら新しい技術などを学び、能力強化や自立支援につなげていく手法です。

FFSが開発されてきた背景として、途上国の農家にはリソースがあまりなく、教育も十分に受けていないことから、農業の改善技術や新しいアイデアが入ってきたとしても、それを取り入れることが簡単ではないという課題があります。新しい技術を導入して失敗すれば生活できないという状況では、何かを変えることのリスクは非常に高いのです。また、読み書きができない、十分な土地がない、食料やお金がないなど、生活に余裕がなく将来に不安がある、それゆえ自分に自信が持てないという方も多く、改善技術などを普及するためには、技術をただ伝えるだけでなく、自分たち自身でできるようにする仕掛けが必要でした。

FFSは、1989年に国連食糧農業機関(FAO)の支援によるインドネシアの稲作分野のプログラムで最初の試みが始まり、今では90以上の世界に広まっています。FAOが始めた当初からFFSによって農家のエンパワーメント(やる気や主体性、自信がついてくるなど)が向上する効果が確認されており、それがプロジェクトを成功させるための重要なポイントとなっています。

ここからは、FFSの仕組みについて説明していきます。

FFSの仕組み

一般的に20~30人程度の農家のグループが4つくらいの小グループを構成し、週に1回程度、選定されたメンバーの農地に設けた試験圃場に集まり3~4時間学習します。実施期間としては、あまり短いと十分なエンパワーメントが起こらないので、おおよそ1年間実施することが多いです。

年間のおおまかな流れとしては、以下となります。

毎週のセッションでは、新しい技術を検証する方法を学んだり、農地の観察をしたり、生育データを収集・分析し、対策をグループ全員で協議します。観察という行為が非常に重要で、農家自身が自分たちで気づくことを重要視しています。毎週データを取って比較していくことで分析的思考が育まれ、人から教えてもらった知識ではなく、観察によって自分で獲得した知識をもつことが農家の揺るぎない自信の醸成につながります。また、息抜きの時間に行われるゲームもグループの結束を高めるためには必要で、長い学習を続けていくための励みにもなります。

毎週のセッションの様子

ここで大切なのは、普及しようとする技術だけでなく、現状の手法との比較や、その技術にかかる運営方法、コストと収益なども併せて学ぶことです。最終的にどの技術を選択するかは農家自身に任されることもポイントのひとつです。農家が良い点や悪い点を比較して総合的に判断し、一番良いと思ったオプションをこれから自分たちの畑でやっていくことになります。専門家がただ教えるのではなく、自分たちが観察・検証をして学んでいくことに意義があり、こうしたプロセスによって、問題に対する農家の課題対応能力や、判断力、意思決定能力の向上を図ることができるのです。

コストと収益を比較

エンパワーメントの観点からの重要な実施ノウハウ

ここまでもFFSでの農家のエンパワーメントの重要性を伝えてきましたが、エンパワーメントの観点から、私が意識していることとして、例えば、メンバー選定時の公平性や、性差や年齢差を問わないグループ構成、実社会での上下関係をFFSに持ち込まないフラットな運用、「選択」のプロセスに農家自身が参加することなどがあります。自己裁量、達成感、実施意義は大事な部分になっているので、簡単なことから初めて、小さな成功体験をたくさん積んでもらうことも意識しています。

観測と計測の様子

また、毎回のセッションは普及員のような外部の人間によって管理されるのではなく、グループメンバーだけで自律的に運営していくように訓練していきます。グループ運営の責任分担をしっかり行い、主体的に活動に参加してもらうように促し、実際に体験してもらい農家自身に評価・判断をしてもらいます。こうしたことの積み重ねにより、実践による知識とスキルの強化を通じ、自信の獲得にも繋げていきます。

自らが主体となった自治的なグループ運営

FFSを通じて農家に起こった気持ちの変化として、「自信が持てるようになった」「人前でもシャイでなくなった」「新しいアイデアを試してみようと思えるようになった」「自分の習ったことを人に話せるようになった」「自分の隠れた才能に気づいた」「ほかの人から尊敬されるようになった」などの多くの前向きな変化がみられました。中には、職業を聞かれても、これまでは農業を職業としてやっているという認識がなく、仕事は何もしていないと答えていた農家が、今では自信を持って、「私は農家です」と言えるようになった事例もあり、FFSを通じた変化や成長を実感しています。

FFSの可能性

FFSを通じて新しい技術について学んだり、自らの経験によって知識をつけていくことで経済的な利益だけではなく、積極的に新しいことに取り組んだり、自分たち自身で問題を解決するなどの能力向上にもつながっています。またグループ学習では、チームビルディングなどを通して信頼関係の構築や、共通課題の処理能力なども高まり、個々の能力だけでなく、組織強化の醸成にもつながっていく可能性も持っています。

みなさんも農家に新しい試みや改善技術を試してもらいたいけれど、零細でリスクが高いためになかなか導入してもらえないというときには、FFSを試してみてはどうでしょうか。現在では、農業分野だけでなく、畜産やアグロフォレストリーなどあらゆるセクターのプログラムにも導入されているFFS。今後の可能性にも注目です。