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三浦しおん『広辞苑をつくるひと』は、とてもおもしろかった


 2018年に『広辞苑 第7版』が出版された時に「予約特典」として付属されていたものが、本冊子でである。三浦しおんは、『船を編む』という辞書編集者を主人公にした小説を書いているが、その際の取材先で見聞きしたことをもとに書いてあって、辞書が出来上がるまでをとてもおもしろく書いてある。非売品なので、公立図書館でご覧下さい。「まえがき」と目次を引用しておきます。

 『広辞苑第七版』の刊行にあたって、どんなかたたちが、どういう役割を果たしたのかを取材してみませんか。岩波書店辞典編集部からそうお声がけいただいた私は、喜び勇んで行動を開始しました。
 辞書づくりには、大勢のかたがかかわっています。この本で取りあげた以外にも、編集者、校閲者、製紙会社、印刷会社、取次、輸送、書店などなど、たくさんの役割があり、たくさんのかたがそれぞれの場所で、辞書という書物を支えています。もちろん、折に触れて『広辞苑』を引き、言語を使って考えたりコミュニケーションしたりしている私たちも、辞書づくりに参加する一人だと言えるでしょう。
 すべての工程について取材したかったのですが、時間と私の力が到底たりず、ごく一部になってしまいました。ただ、これからこの本にご登場いただくみなさまは、『広辞苑第七版』を作りあげるために全力を傾け、試行錯誤しつつ楽しんで役割をまっとうしておられるかたばかりでした。ほかの役割を担ったかたがたも、きっと同じ 姿勢で仕事に取り組まれたから、いまここに『広辞苑第七版』が存在するのだと思います。
 ときに『広辞苑第七版』を引いたり撫でたりしながら、この本をお読みいただき、辞書づくりに携わる人々に思いを馳せていただければ幸いです。

第1章 国立国語研究所 言葉の差異に萌える辞書の猛者

3人の女性研究者が、岩波書店辞書編集部から依頼を受けて、広辞苑改訂にあたって「動詞の語釈」を検討したようすが書かれているが、現在の日本語学者が何を研究しているのかが分かり、とても興味深い。

第2章 大日本印刷株式会社 文字づくりに燃える凄腕

 (以下、本文からの引用で紹介します)

たぶん、『広辞苑』が岩波書店から出版されるとなったときに、「じゃあ印刷は、これまでつきあいのある大日本印刷にお願いしよう」となり(ほかの書籍と比べて、辞書の出版部数は多いし、薄い紙に印刷する技術を要するので、規模の大きな印刷会社が手がける傾向にある)、つ大日本印刷にお願いするなら、使う書体は、大日本印刷が
開発した秀英体がいい!」といった感じで決めていったのだろう。あくまでも私の推測ですが。
 秀英体採用の経緯と理由は、いまとなっては不明だが、とにかく『広辞苑』は初版すぐれた書体だからだ。
 秀英体は歴史のある書体で、『広辞苑』だけでなく、さまざまな出版物や広告などに用いられている。もちろん、デジタル化にも対応ずみ。「小説や電子書籍で、このデザインの文字をよく目にするぞ」と思われたかたも多いだろう。秀英体一族の人気と需要は高い。
 そんな秀英体が、「平成の大改刻」をしたという。これからの百年も使いつづけられる書体であるために、「印刷技術々利用環境の変化への対応」「オープン化、汎用化」「用途の拡大」を意識して、「既存明朝のリニューアル」「初号明朝の復刻」「新書体開発(角ゴシック、丸ゴシック)」に取り組んだのである。ちなみに、本書の本文に使われている秀英明朝も、正確に言うと、リニューアルによって新しく生まれた、「秀英明朝L」という種類の書体だ。
 「平成の大改刻」は、2005年から7年ほどかけて、順次進められたらしい。ということは、時期的にいって当然、今回の『広辞苑第七版』にも、リニューアルずみの「秀英明朝L」が使われているはずだ。これは断然、秀英体および秀英体の「平成の大改刻」について取材せねばならん。
 だいいち、 「書体のリニューアル」つて、言うのは簡単だけど、具体的にはいった
いどうやってするものなの? だって、文字っていっぱいあるよ。平仮名と片仮名に加え、漢字なんてそれこそ無数に存在するし、アルファベットや数字や記号だってある。そのすべてをリニューアルしたの?
 しかも秀英体一族は、明朝、角ゴシック、丸ゴシックなどなど、さまざまなデザインの種類がある。デザインごとに、無数の文字や記号をリニューアルするとなると、気が遠くなる思いがするのだが……。そもそも、秀英体のような書体って、だれがどうやって「この形にしよう」と作り、決めてきたものなんだ?
 秀英体の歴史といまを探るべく、私は東京都品川区にある「大日本印刷株式会社」を訪ねた。

第3章 大片忠明さん(イラストレーター)と冨田幸光さん(古生物学者)
    妥協を知らぬ表現者

第4章 株式会社加藤製函所(せいかんじょ) 職人さんの気概と誇り

『広辞苑』をはじめとする、何種類かの国語辞典を机のまわりに並べて仕事をする。
原稿が一段落すると、本棚にあるそれぞれの函へと辞書をしまう。そのときの爽快感といったら!
 重い辞書でもシュルツと入る、ぴったりサイズの函。多くの辞書と切っても切り離せない関係の、函。見出し語選定や語釈やイラストなど、中身がすべてできあがっても、紙の辞書はまだまだ完成したとは言えない。いったいだれがどういうふうに、辞書の函を作っているのだろうか?
 というわけで、東京都板橋区にある「加藤製函所(せいかんじょ)」を訪ねた。加藤製函所は、書籍の函(辞書にかぎらず)を作っている「函屋」さんだ。加藤製函所が『広辞苑』の函を作るようになったのは、『広辞苑第五版机上版』からで、今回の『広辞苑第七版』では、すべてのサイズの函を製作している。
 加藤製函所の外観は、「古くから地元住民に親しまれている、町の小さな医院」つて感じだ。予どものころ、往診にも対応してくれる親切なおじいちゃん先生が近所にいたのだが、その医院を思い出すたたずまいで、なんだかなつかしい。
 「ごめんください」とドアを開けたら、人ってすぐは事務所になっていた。おお、ここも「町のお医者さんの診察室」といった雰囲気で、こぢんまりしていて居心地がいい。さっそく、加藤製函所の社長である加藤義則さんに、函づくりについて説明していただくことになった。
 「じゃあ、工場をひととおりど覧いただきながら」
 と言う加藤さんにくっついていったら、びっくり! 事務所の奥に工場が併設されているのだが、外観からは予想できぬほど、広いのである1・ 「町の小さな医院」どころじゃない。「小学校の体育館」ぐらいの空間が、敷地の奥に広がっていた。しかも、黒光りする重厚な機械がいくつも置いてあり、がしゃんがしゃんと稼働している。

第5章 牧製本印刷株式会社 チームプレーに徹する70名

最後に訪れたのが、製本する会社である。後は、本書を読んでください。


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