"NASA版COIAS" the Daily Minor Planetに参加して1回10秒で小惑星探し
特に訓練も受けていなければ特別な知識のない一般市民が、天文台の大望遠鏡のデータから小惑星を探すことのできる市民科学プロジェクトとして、2023年7月に一般公開されたプロジェクト「COIAS」は画期的でした。
現在、地球に衝突する危険のある小惑星を事前に検知することを主目的に、世界中で複数の探索プロジェクトが天文学者によって行われています。そこで使われている望遠鏡は彼ら専用で独占して使える代わりに、現在世界最大級の望遠鏡より性能は多少劣ります。
COIASでは、その世界最大級のすばる望遠鏡(各分野の天文学者が共用で使う形式)が過去に撮影したデータから、既存の小惑星探査プロジェクトの望遠鏡ではとても手の届かないほど小さな小惑星が写っていないかを、私たち一般市民の目で探すことができます。
既に数万個もの新天体候補を発見していたCOIASですが、2023年11月中旬から不具合修正のメンテナンスに入っています。(その後12月に再開)
COIASが長期メンテナンスに入るのは2回目で、1回目は再開に1か月を要しており今回も長期の停止になると思います。(実際再開は1ヶ月後の12月)
その間、何か似たようなプロジェクトはないかと探していたのですが、そんな中で思い出したのがこのニュース。
COIASより数か月先に始まっていたアメリカのプロジェクト「Daily Minor Planet」の観測成果が公表されたという記事です。
早速アカウントを登録して使ってみたのですが、これもなかなか興味深いプロジェクトだと思ったので、参加・操作方法などをここで共有したいと思います。
Daily Minor Planetの概要と特徴
Daily Minor Planet(DMP)は、「Zooniverse」と呼ばれる市民科学プロジェクト群の1つです。
世界規模では一般市民が科学者が取得したデータを解析して独自の結果を出すという市民科学プロジェクトがかなり進んでいるのですが、100以上のプロジェクトをまとめて管轄し、それぞれでアカウントなども一括で使えるプラットフォームがZooniverseです。
Daily Minor Planetを運用しているのはNASAが運営している小惑星捜索プロジェクト「カタリナ・スカイサーベイ(CSS)」です。CSSがアメリカのレモン山に設置している望遠鏡では、これまでに何万個もの小惑星が見つかっています。
このサーベイはつまり、COIASによってそのすばる望遠鏡のパワーで「出し抜かれた」側の望遠鏡なのですが、DMPがCOIASに勝るのは「Daily」の名の通り、そのリアルタイムさです。
DMPが使っているのは通常、前夜に望遠鏡で撮影された画像データです。悪天候などで前夜のデータがないときは数日前のデータが使われますが、何日も前の古い画像は未解析でもどんどん捨てられていきます。(なので、満月期や悪天候が続いたときは画像がなくなり、一時的に「あなたが解析できるジョブはすべて終了しました」みたいな表示が出るようになります。)
新鮮な画像から発見された天体は、興味深いものであればすぐにCSSが保有する追跡用の望遠鏡やほかの天文台の望遠鏡で追跡観測がなされます。
これは地球に接近した小惑星「2023 TW」の情報で、2023年10月4日のデータから5日にDMPの利用者によって見つかり、その日の夜には追跡観測がなされています。
小惑星の発見は「早い者勝ち」なので、DMPがスルーしていれば遅れてほかの観測所に見つかり、発見者の地位(のちの命名権などに影響)を持っていかれるかそのまま誰にも気づかれずにいるでしょう。
一方でCOIASが使っているのは2016年から2020年1月のデータです。すばる望遠鏡でしか撮影できないような小さな天体がターゲットなので、早い者勝ちのレースの観点からいえばだれも競合できない時点で問題ないのですが、誰も競合できないということは誰にも追跡できないということです。(共用のすばる望遠鏡はそう簡単に追跡にホイホイと使えませんし、何年も前に移っていた移動天体を今の空で追うのは簡単ではありません)
小惑星の存在がきちんと認められ、正式に登録されるには数多くの追跡観測によって軌道が精密に求まる必要があるのでリアルタイムで追う/追えないの違いは大きいです。
ちなみにこのDMPのデータはCSSの天文学者も同時に使っており、彼らは特に注目すべきと自動で判別された天体候補を解析しており、その残りがDMPユーザーに回ってくるようです。
あとDMPの特徴として、スマホでも使用できることも挙げられます。見る画像は大きな画面でじっくり見ないといけないようなものでもないので、ウェブアプリケーションであるCOIASと異なりスマホで解析に参加できます。
もちろんデータ量はそれなりに取るのでモバイル回線でやるのはお勧めしません。
Daily Minor Planetの使い方
アカウント登録
DMPのトップページにアクセスすると右上に「Register」という項目があるので、そこからメールアドレスとパスワード、表示名を設定してアカウントを作ります。必須要件は「Required」とあるので、その項目さえ埋めればとりあえず大丈夫です。
なおウェブサイトは全部英語ですので、ブラウザの自動翻訳モードを随時オンにしておくと使いやすいです。この先も自動翻訳程度の訳精度で意味を取れれば問題ありません。(追記 日本語化した後も、Zooniverseの都合上トークページは全て英語のままです。また、タスク実行時のフィードバック文も英語のままです。)
なおここで作ったアカウントはZooniverse共用で、ログイン後に表示されるタブの最上段もZooniverse共用のものです。
ところで、アカウント登録後もずっと画面上部のように「Be sure out full fill~」といったバナーが表示されます。
この「HERE」の先のフォームに、自分のアカウント名と自分の名前(実名)を入力しておきます。
というのも、小惑星の観測記録は「小惑星センター」という組織が取りまとめており、そこにDMPのスタッフが私たちの解析結果を送るときにこの名前を使います。
COIASでは解析ごとに入力していたと思いますが、DMPではアカウントごとに一元管理です。表記のルールはCOIAS同様「A. Manaka」「M. Konohata」のように名前のイニシャル+ピリオド+半角スペース+姓のローマ字(最初大文字)です。
解析してみる
登録しログインし、初回にチュートリアルを見ると、ここでの「解析」が非常にシンプルであることに気づくでしょう。
ユーザーがやることは、画面に表示された画像中(空の同じ領域を12分間隔で撮影した4枚の画像の一部分からなるgifアニメ)に表示された1つの「小惑星候補」が本物の天体か、ノイズなどの誤検出かをYES/NOで答えるだけ。
画像緑枠内にその「候補」が存在し、Is this a real object?(日本語版は「これは本物の移動天体ですか?」 にはいかいいえで答えるのです。それで終了です。
COIASでいえば、最初に自動測定にかけた画像に多くの黒枠が候補として表示される中、そこから本物の天体を選ぶと思いますが、一気に画像全体の候補から天体を囲っている候補を探すCOIASと違って、その候補を1つ1つ画面上にピックアップして本物かどうか識別していくのがDMPのやり方です。
チュートリアル終了後、2回目のログイン以降はトップ画面の「CLASSIFY」(分類)というメニューを選ぶとこの解析画面に進めることからも、画像から目を凝らして「捜索」するものではないことがわかります。
COIASを使っていた人がチュートリアルを見ればわかると思いますが、自動検出に誤って引っかかるノイズのパターンもCOIASで散々見たものです。ですので初めてでも結構慣れた感じで使えると思います。
チュートリアルにも表示されますが、引っかかる候補の大半は一目でわかるノイズです。画像が表示され、NOと押すのに10秒とかかりません。
慣れてきたら、10分あれば100件以上識別できます。
ただしチュートリアルにある「全体の1%ほどしか本物の天体はない」との記述は、チュートリアル内でも断り書きがあるように注意が必要です。COIASでも自動検出後に赤枠の既知天体表示になっていたものがあるように、自動で検出した候補はその位置からすでに見つかった天体と同定されているものもあります。これらはもはや候補でもなく、普通に既発見天体の観測としてすぐに報告されているのでしょうが、こういった別にわざわざ見なくてもいい画像も時々流してきます。
そうした天体はYES(はい)を押すと
「正解です、これは既に同定された~~という小惑星です」、とフィードバックを返してきます。要は延々とノイズを見続ける解析者のために、適宜目を慣らす目的があるようです。これがおおよそ(すごく大雑把です)10回に1回くらい回ってきます。
1つの対象はだいたい10人くらいのユーザーがYES/NOを判別して結論を出しているようで、「迷ったらNOを押す」よう推奨されています。
解析の仕方としてはこのくらいです。COIASユーザーにとって1つ感覚の違いの注意ですが、COIASのデータセットはだいたい3分~4分露光の画像を、画像ごとにばらばらのインターバル、数分から時に数時間をおいて撮ってますが、カタリナサーベイは30秒を12分ごとにきっちり等間隔です。
ですので、地球近傍小惑星だとCOIASでは細長く線のようになった像が途中で見切れたりといったこともありますが、DMPでは割と普通に写っています。
逆にCOIASでも移動がゆっくりなTNOなどの天体は、DMPでは多分引っかからないでしょう。
subjectの割り当てによってできること
1つ1つの候補は「サブジェクト subject」と呼ばれており、自分が識別した候補も、他人が過去に解析した候補も、全部1つ1つのsubjectとして番号が割り振られています。
解析画面の下に「ADD TO FAVORITE」や「ADD TO COLLECTION」とありますが、自分が識別したsubject1つ1つはお気に入りに登録したり、ブックマークフォルダーのようなものをDMP内に作って見返すことができます。
私はYESをつける候補に、YESをつける前にコレクションに登録し、日ごとで分けて管理しています。
また、「subject info」からはそのサブジェクトの天体候補についてのメタデータ情報が見れます。
このうちfDIgest2に表示されるのは地球近傍小惑星かどうかを判断するスコア値で、100に近いほど地球近傍小惑星である可能性が高いことを
表します。移動量などで判断しているのでしょう。
またsDetsFileに表示されるファイル名からは撮影日がわかります。
ほかのメタデータ情報は以下に解説があります。
subjectは番号が振られているので、subjectを共有することで、新天体が発見された際の画像を誰でも見ることができます。
たとえば以下のページで、DMPにより観測された既発見天体や新天体のsubjectのリストの一部を見ることができます。
https://www.zooniverse.org/projects/ja/fulsdavid/the-daily-minor-planet/talk/5639/3078607
活発なTalkセッション
DMPのトップ画面からTalkを選択すると、サイト内の掲示板、トークフォーラムにアクセスできます。
日々質問や情報交換が交わされますが、ここでも役立つのがsubject機能。
解析で気になったこと(特にノイズかどうかの判別でも迷いや、本物の地球近傍小惑星を当てたっぽいという報告、彗星が写ったなど)があれば、その該当するsubjectから直接Talkページに質問や報告を投げかけることができます。
未発見NEOの発見
DMPに流れてくる毎夜ごとの画像は、カタリナスカイサーベイのスタッフが観測したものと同じデータセットです。
現地時間の朝に画像が1夜分まとめてDMPに回ってきますが、夜の観測時間はスタッフがリアルタイムで、自動検出された天体候補、特に高速移動天体を目視で確認しており、すばやく小惑星センターに報告しています。
以下のページでCから始まる内部符号を持つ天体が、だいたいカタリナ(Catalina)からの報告です。
こうしたスタッフが確認済みの天体もDMPで流れてきて、画面を端から端まで移動するような天体に出くわしYESをつけるとだいたい「Correct!This is real object」とダイアログが出ます。仮符号もない新NEO候補なので先ほど紹介したフィードバックと違い、天体名も出ません。
そして、そのsubjectを見るとタグが「obs_confs_neo」と指定されています。このタグがスタッフチェック済みの天体を示します。
稀に、(プロジェクト全体で月に一度もない)明らかに高速移動天体なのにYESを押してもダイアログが出ない・タグがobs_confs_neoでないときがあります。
それは、スタッフの見逃したNEO候補です。
これについては、複数の参加者の分類を経てサブジェクトの結論が出るのをうかうか待っていられません。
なぜなら、長年のサーベイ観測によって大型のNEOはほぼ発見尽くされています。ということは、2024年にもなって今更見つかるNEOは、地球にかなり近づいてようやく検出できる小型のものばかりということで、つまり観測期間が限られます。
さらに、観測時間15分の4枚の画像から求まる軌道精度は粗く、何日か経つと見失われてしまいます。
ですので、見逃されたNEOかなと思ったら、慣れたユーザーは
以下のように「@team」とつけてトーク画面に投げます。
このメンションはDMPのスタッフに届くので、カタリナのスタッフがすぐにNEO confirmationに報告してくれます。
スマホアプリ
AppストアでZooniverseと検索すれば出てきますが、ZooniverseはスマホのWebブラウザだけでなく専用アプリからもアクセスできます。
ブラウザ版と違い機能が制限されており(基本的に分類しかできない)、作りがシンプルでサクサク解析できます。なおアプリに対応しているプロジェクトは全体の一部です。
まとめ
COIASが再開するまで、または再開してからも時間がそこまでない時やスマホ使用時に、似たようなプロジェクトに参加できるよ、という紹介でした。
Zooniverseには以下のプロジェクト一覧の通り、天文学分野だけでも興味深いプロジェクトが数多くあります。
ざっと見た感じ、どれも解析手順はDMP同様非常に簡単です。(というかCOIASが難しいのです。もちろんその分自由度がすごく高いので楽しいのですが。)
ブラウザーに自動翻訳が標準装備されるようになり、英語が苦手でもそこまでハードルは高くありません。太陽系外惑星に興味ある人、ブラックホールに興味ある人、重力波に興味ある人、それぞれの分野のプロジェクトが確立されています。
ちなみに私は恋アスのイノ先輩のアイコンでDMPに参加しています。モンロー先輩はじめ星咲高校のメンバー、さらに別時空のロケット同好会の面々などはまだ空いていますのでお早めに・・・
2023/12/29 追記
参加者が分類した結果、本物の天体(既知天体と同定できず)と分かったものについては、頻繁に運営チームがMPCに報告しています。そして報告したものの一覧がリザルトとして定期的(現在は2か月おき)にtalkページに掲載されます。
先日、私が参加して以降初めてのリザルト更新がありました。
この一覧では、報告もとになったサブジェクトと報告した際の天体名(パーソナルコード、CSSで見つかった天体にはCから始まる7文字が使われ、さらにそのうちDMPで見つかったものはZで終わるルールになっている)、そのサブジェクトでYESをつけた人のID(報告時に測定者として、あらかじめフォームから入力した名前がクレジットされる)がそれぞれまとめられています。
さらにプロジェクト全体のリザルトページ(Aboutタブから飛べる)も更新され、そこには各天体のWAMOへのリンクが貼られているのでワンタッチで追跡できます。
そのほか、モデレーターの方が以下のようなページを作っており、そこでは全体の統計が参照できます。
とはいえ1つ1つリンクを踏んでいくのは面倒なので、WAMOで表示されるG96より後ろの文字列を毎行ごとに消していくことで観測報告時のフォーマットに書き換え、その内容をひとまとめにして保存しておくことをおすすめします。全部1回でコピペすればまとめて追跡できるので。
2024/9/4 追記
DMPが日本語化しました。というか私が日本語化を行いました。プロジェクト代表に頼んでトランスレータという権限をいただき、プロジェクトの管理ページに入って各文章の日本語を入れておりました。
翻訳については以下参照。
https://note.com/icigasu_shine/n/n6692a180e437
ページ右上に言語切り替えメニューがあるので、そこからEnglishを日本語に変えてください。なお、プロジェクト共通部分でしかいじれず多言語化できないメッセージやダイヤログ、ページもあるので注意してください。
ちなみに日本語タイトルは「更新する小惑星」です。