いまさら聞けないファション語その5【セルビッチ】
女房とジーンズは新しい方が良いという言葉はない。
今の十代や二十代の若い子たちとファッションの話をすると、デニムを穿き込んで色落ちを楽しむという傾向はあまり見られない。
『ねえねえ。ユニクロがセルビッチのジーンズを4000円台で売り出したんだよ!!これすごいことだよね!』
『はあ。自分何が凄いのか全然分かんないっす。大体セルビッチって何スカ?』
『いいか。セルビッチってのはなあ。赤耳が付いててなあ。カッコイイんだぞ。』
『あかみみ?って何スカ?』
『赤耳はホラあれだ。付いてると貴重なんだ。カッコイイんだ』
『はあ。コレが付いてるとカッコいい良いんですか。』
はて
記憶に埋没されたセルビッジをサルベージ。
セルビッチ?
ビッジ?
ヴィッチ?
ヴィッジ?
赤耳?
生デニム?
ノンウォッシュ?
そもそも何だっけとゲシュタルト崩壊が進む服屋の店員。
そこでもう一度おさらい。
セルビッチ(selvedge)はもともと
生地の耳、織物の端っこを意味する英語。
ザックリ説明すると、昔の織り機で丁
寧に織られた加工の施されてないジーンズのことをセルビッチデニム等と呼ぶようになった。
雌犬とは関係ない。
最新織り機なら同じ長さの生地で5本作れるジーンズがセルビッチでは1本しか作れない。
セルビッチ、生デニム、ノンウォッシュ。
呼び名は様々だけど
織り機の副産物として特徴的な"赤耳"と呼ばれる生地の継ぎ接ぎが、裏地に残るわけで。
生地の切れっ端がほつれないよう処理する伝統的な縫製(耳)の中央に赤い糸を縫い付けていた。
ので赤耳は非効率の証。
元々はLevisの内輪話だったのだが今や赤耳も多種多様。
各ジーンズブランドのアイコン的デザインが施されて様々な赤耳が登場している。
中学生の頃リーバイス501のビンテージの復刻モデルが大流行し同級生の山家くんは
ロールアップを膝関節ぐらいまでまくって穿いて赤耳を見せつけていた。
『山家くんはオシャレやね。そげんカッコよかジーパン何処に売っとーと?』
『お前には教えちゃらん!』
山家くんは私と同じチビのくせに
人を赤耳がついているか、付いていないかで差別する嫌味な坊ちゃんだった。
母親の買ってくるユニクロを着ているよもぎに対して異常に冷たかった。
『天神やろ!ぜったい天神に行けばあるとやろ!?』
それでも僕は山家くんにすがるように救いを求め、オシャレになりたいと赤耳付きのジーンズを熱望した。
おかしな時代である。
赤耳を見せびらかすというオシャレがあったのだ。
つまり希少価値が高いというだけで穿く者多数あり。
恥ずかしながら私もその内の一人だった。
職人の手を必要とするシャトル織り機で編まれた生地は、大量に作られるジーンズと違って、生地は丈夫で長持ち、非効率な織り方が生地の表面にザラついた凸凹を生み、故に色落ちの変化にメリハリが生まれやすい。
複雑で鮮やかなインディゴブルーの色落ち具合はセルビッジでしか表現でない。
などの謳い文句に踊らされて、
これまで何本も生デニムを育てては様々な悪戦苦闘物語を生んできた。
こだわり。
故にオシャレ。
という方程式が自分探しに勤しむ若者を騙す。
価格は安くても1本1万円以上する。
糊付けされた未洗いのバキバキゴワゴワのジーンズを一から履き込み、丁寧に育てあげれば、世界に1つだけの個性派デニムを誕生させることができる。
生地に張り巡らされるシワの痕。
この辺の"アタリ"(色落ちが目立つ部分の総称)が良いねぇ等と口にし始めたら、なんか通ぶってる感じになる。
ガラケーの跡が懐かしいなあ。
とか。
長年連れ添った女房との思い出を自慢したい心理。
自分の生活動作そのものがデニムの生地に色濃く刻まれるわけで、我々三、四十代が学生の頃にはけっこう流行っていた。
中には軽石でワザと擦り付けて、膝の縦落ちを演出したり。
様々なアタリ伝説がまことしやかに囁かれていた。
高校生の頃のこと。
兄が風呂場で上半身裸でジーンズを履いたまシャワーを浴び、コマネチの動作を続けていた。
どうやら股の辺りにくっきりとしたアタリを加工したかったらしい。
将来自分の頭部が抜け落ちるとも知らずに、ゴシゴシと股に手を擦り付けて色落としに勤しんでいた。
もはや自分らしさと相反する生活動作で作られていくオリジナルデニム。
寝るときも穿く24時間アタリを整形する術や
"洗う!VS洗わない!"論争。
ネット社会到来前の若者たちの迷走。
とある女友達の彼氏は究極のジーンズの色落ちを求めて
庭にジーパンを埋めたらしい。
半年後に彼女はその穴掘りを一緒に手伝わされたらしいのだが。
ジーパンは土に還ってしまったのか、いくら掘り返しても出てこなかったという。
よもぎは流行りに敏感な姉、兄の影響を多分に受け、オシャレ通りにあるオシャレセレクトショップにお年玉を握りしめて生デニムを買いに走った。
中高生の普段の小遣いでは到底買えないセルビッチは国産ブランドがオシャレ通の間ではもてはやされていたので、
高校生になって、初めて手に入れた1万8千円の国産ジーンズは、頬をすり付けて抱きしめて寝たものだ。
大事に穿いて大事に色を落とそうとした矢先
母親に洗濯機で洗剤でガンガンに洗われてしまう。
これよくあるパターン。
『アンタのジーパンどうなってのんよ!
洗濯物真っ青じゃないの!!』
『かーちゃん!!まさか洗ったの??マジか?信じらんない!幾らすると思ってんだよ!クソババア!』
『何よ!洗ってやってんのに文句言ってんじゃないよ!大体アンタが脱ぎっぱなしにしたのが悪いんでしょーが!』
ジーパン1本で内紛勃発。
市販の洗剤使われて、色が抜けてメリハリのある色落ちを母親に台無しにされた者も多いはず。
私はこれまで某ブランドのジーンズを二十代の頃に数本買って、
全て納得のいく色落ちを完成させる前に経年劣化でボロボロになり、お尻の圧に生地が耐えきれず、ケツ部に大穴が空いて終了した。
何度か修理に出したが、圧の強いケツ部分が破れるとリペアもお手上げらしく
最後はホットパンツに切り刻んでB'zの稲葉のモノマネの余興をして葬り去った。
人よりもケツがデカく、太腿もムチっとした安産型の和人に
棒の様なシルエットのガチガチパンツを無理矢理穿かしてガンガン履き込んだらそりゃあ耐えられない。
『身体に合わせる為にキツめのサイズを選べ。後に伸びてくるから』
等と上級者に吹き込まれていたからである。
が、長年穿きこむ間に、お腹周りケツ周りに肉がつき始めて、3年ずっとキツイままで終わったことも。
中には2万円以上のデニムを買って、糊落として乾燥機にかけたら、ボタンが3つしか閉まらず泣き暮らしたことも。
いつか馴染むと思いながら無理して穿いたが、下半身の鬱血が進むだけで馴染むことはなかった。
大学時代の友人
自称元体操クラブ出身の"動けるデブ"ことホンマ君。
大学の食堂のテラスで仲間にハンドスプリングを披露しようとして勢いよく宙を舞った。
彼の穿いていた固そうなデニムは着地と同時にビリっと真っ二つに裂けた。
馬が引っ張っても破けないと評判のジーンズだが、豚の宙返りには音を鳴らして裂けたと伝説になった。
本来私たち下半身に重きを持つ和人は
褌(ふんどし)に法被(はっぴ)
が一番似合うのだ。
舶来モノのスリムジーンズが和人には合わないということに気づき、ジーンズにこだわるのを辞めてしまった。
社会に出るとジーンズを穿く機会は益々減る。休日はスウェットの上下。
たまのデートもプロが上手に加工したパンツ。
時を経て
90年代のオシャレ意識の高い中高生から嫌われていたユニクロが
逆襲の如くセルビッチデニムを五千円でお釣りがくる価格で市場に投入した。
しかも穿きやすくするために綿98%にポリウレタンを仕込んでストレッチ性まで追加したもんだからさあ大変。
こだわり生デニムを生産している業者さんをはじめ、一本幾万で泣く泣くセルビッチを買っていた世代には衝撃が走る。
しかし発売されて早数年。
世の中に大した影響は与えていない。
というよりセルビッチデニム自体の魅力が浸透していない。
若い子はお手軽な値段でカッコいいダメージデニムも、色合い豊かなカラージーンズも手に入ってしまうのだから。
そもそも私とてストレッチの入っているパンツに慣れすぎて、硬い綿100%が下半身に負担になってきた。
若い子も濃紺のジーンズを一から育てる気にはならないだろう。
しかしこんな便利な時代でも若い子のオシャレ選択肢にセルビッチが一本ぐらいあっても良いではないか。
だって穿き込めるのは若い頃の方が有利。オシャレ通りのセレクトショップに行かなくても近所のユニクロに行けば安く手に入る。
セルビッチ入門の窓口としては素晴らしい価格帯。
もし、今タイムスリップできたらユニクロの赤耳を山家くんに見せびらかしに行きたい。
ということで、久方ぶりのセルヴィッジに挑戦!
新品の生デニムは、糊がついてるので先ずは一度お湯洗いして落とす。
この時、青黒い出汁で洗濯槽がとんでもない色になって心配になるが大丈夫。
洗剤不要。
裏返しにして日陰干しが良いとか色々あるが、乾けば何でも良いと思っている。
後はひたすら穿き続ける。
臭くなったら普通に洗う。
こんな時代だから庭にジーンズを埋める前にセルビッチ_チェーンステッチなどで検索すれば、情報はたくさん溢れている。
手探りの頃より、安心してデニムを落とすことができる情報がネットには溢れている。
一回洗ったぐらいでは変化は起きない。
まだまだ濃紺。
でも色落ちしてない時も色落ちした時も
楽しめるように、ジーンズの変化に合わせて上半身の着せ替えを楽しもうと思う。
ユニクロのセルビッチはこれまで履いてきた生デニムに比べて履きやすいと感じた。
普通のストレッチパンツに比べれば僅かなストレッチだが、ムチムチの下半身には適度な安らぎを与えてくれる。
中年和人にはもってこい。
是非人生で一度でも。
貴方だけの生デニム談話を紡いで欲しい。
ちなみに拙者さっそく焼肉のタレをこぼしてしまったが、それもまた自分だけの味(物語)になると信じて履き続けていきたい。
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