月が、欠けようと(掌編小説)
次の誕生日には月がほしい。
昨年私がそう言ったのを覚えていて、彼は実際に月まで取りに行ってくれたらしい。
月の住人と交渉して、月を丸ごと持ってくることは叶わなかったものの、月の欠片を渡された。それがその欠片だよ、と彼は笑った。
「ありがとう……」
嬉しい。私のこぼした言葉を覚えていてくれたのも、遠い月まで足を運んでくれたのも。最高の誕生日だった。それだけであれば。
「ふふ。あ、疑ってる? 本当に、本物の月の一部だよ。ね?」
そうやって彼が話しかけたのは、彼の腕にしがみついて離れない女の子。照明に照らされた彼女の白い体は、うすぼんやりと発光しているように見える。
「ええ、わたしの故郷のもので間違いない」
女の子は不満をにじませた顔で頷いた。
彼女は月の住人のひとりだという。彼は月だけでいいのに、この女の子まで連れ帰ってきてしまった。
「さあ、もうこの人間に月を渡す試練は果たした。お前はわたしと月にかえろう」
「えー、もう少し観光とかしてかえろうよ」
「はやくかえりたい」
「せっかちだなあ」
しかも月の欠片を貰う代わりに、この女の子と結婚する約束なんてしてきたらしい。月では新居もあるのだと、さっき写真で見せてくれた。
無邪気な笑みで、どうしてそんなことができるのだろう。あなたは私と付き合っているのに。
「あ、まだ言ってなかったや。誕生日おめでとう。毎年お祝いに駆けつけるからね、月から」
もう月に住むのが決定している口ぶりの彼に、そして私を邪魔者だと睨みつける月からやってきた女の子に、もうどうすればいいのかわからなかった。
カクヨムにて連載していた掌編集「お似合いだね」より。改題
マガジンにもまとめています。
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