見出し画像

公園のギター弾きのように

先日、うっかりスマホを水没させて乾かさないといけなくて、電源を切って干している間まったく使うことができなかった。手持ち無沙汰だったし何より大事なスマホを壊したかもしれないオノレの雑さにヘコんだ。

その日は仕事のお昼休みもスマホなしで過ごすしかなかった。スマホがないと時計も見られないのでお昼休みの終わる時間も分からない。不便だ。仕方がないので時計のある公園ですごすことにした。売店のある広い公園に行って焼きそばを買った。時計の前にあるベンチに座って、たぶん冷凍食品をチンしただけだろうに妙にウマい焼きそばを食べていた。焼きそばのチープなウマさはいつも私をなごませるのだけれど、この日ばかりはなかなか気分が上がらなかった。

しょぼしょぼと焼きそばをすすっていて、ふと、すごくちいさな音で音楽が鳴っていることに気づいた。

ちょうど私の座っているベンチの背を向けた反対側のベンチにアコースティックギターを抱えてハーモニカを咥えたおじさんがいて、そのひとがギターで伴奏しながらハーモニカで主旋律を奏でていたのだ。おじさんは洒落たハットにサングラスでキメていたのだが、ゴリゴリの洋楽ロッカーみたいな姿で奏でていたのはスピッツの「チェリー」だった。しかも周りの環境に気を使ってか、聴こえるか聴こえないかギリギリのちいさな音で弾いていた。

最初のうちは失礼ながら「ご高齢でちいさい音しか出せないのかな」と思ったが、ずっと聴いていたらそれは誤解だったと気づいた。明らかに音をあえて絞って奏でている。ちいさな音のなかで抑揚をつけている。そして原曲に忠実で全然ミスがない。めちゃくちゃ上手い。それでいてテクニックだけではない、音楽を好きで楽しんでいることが伝わってくる音だった。まるでハーモニカとギターで歌っているようだった。

私は背後から流れてくる音に、いつしか自然とちいさく目立たぬように身体をゆらしていた。

サザンオールスターズやユーミンやあいみょんと有名どころのJ-POPが次々流れた後に、「咲いた~咲いた~チューリップの花が~」の旋律が流れてきて、どうしたのかと思わず振り返ってみれば、やっと歩きはじめたような幼児がおじさんのほうによちよちと向かっていって、チューリップの曲に手を叩くような動作をして、また母親のところに戻っていったのだった。


私のヘコんだ気持ちも、この辺りでだいぶ薄らいできた。

よく晴れた気持ちのいい日だった。
青空を見上げると、出来すぎなくらいのタイミングでユーミンの「ひこうき雲」が流れてきた。ちいさな音でも高らかに空に響いていく。

スマホ、水没させてよかったかも。
とまで私は思った。水没させていなかったら公園にも来なかったし、もし来ていたとしてもこんなに音楽に励まされたりしなかっただろう。


そして、このおじさんが音楽でやっているような感じで、私も書けたらいいなと思った。J-POPカバーみたいにベタでいい。最先端の尖ったものでなくていい。それでも血が通っていて心から歌っているような、そういうものを書きたい。


ユーミンを聞き終わったらちょうどお昼休みが終わる頃だった。ベンチを立っておじさんのほうをチラッと見たら、おじさんは笑って片手を上げて挨拶してくれた。私は自然に「めっちゃいいですね!」という言葉が口をついて出て、そして焼きそばが足りなかったら食べるつもりで買っていたけど結局音楽に聴き入って開けなかったポテトチップスをおじさんに差し入れして仕事に戻った。


その後、スマホは無事乾いて何事もなく起動してくれた。今これを書いているのもスマホからだが、変わらず動いてくれている。あれからスマホの扱いももう少し注意して気にするようになった。


私はあの日の音楽のように、いま書けているだろうか。いつかあんなふうに、奏でるように書けるようになるのだろうか。

この記事が参加している募集