君の求愛方法は間違ってる2

《大人ごっこ》



 ひなと口を利かなくなって3日目。

 小学校からずっと登下校も一緒だったし、大した喧嘩もしたことなかったのに今じゃ目も合わせてくれない。

 それどころか、昨日電子辞書を借りたくてひなに会いに教室まで行ったのにガン無視だった。


 漸く異変に気付いた同級生たちが腫れ物を扱うように私とひなのことを見てくる。友達ですら、私に気を遣ってひなの話題は避けているし、何より男の子がよく喋りかけて来るようになった。


「桜井と別れたって本当?」

「そもそも付き合ってすらないよ」

 名前も知らない男の子に笑って返す。顔はタイプだけど身長がひなより低いからダメ。というか私と変わらないからダメ。


「それマジだったんだ。つーか前々から思ってたんだけどさ、ひなこちゃんって相当可愛いよね」


 ひなは変わらずひとりでいる。誰とも群れず、誰にも靡かず、ひとりでいる。廊下ですれ違っても視線すら重ならない。

 ひなとこんな最悪な関係になるなんて思ったこともなかったから若干精神的にヤられてるけども、そこは根性。絶対学校休まない、絶対彼氏作る。……心折れそうだけど。


「ひなこー! 調子はどうだ!」

「まあまあ」

 名前もクラスもわからない男の子と話していれば、だいちゃんが飛んで来た。だいちゃんは唯一私ともひなとも会話が出来る男の子だ。ひなは鬱陶しがってるけど、絶対嫌いじゃないと思う。


「そうか。それより日向がヤベーんだよ。昨日なんてうちの高校イチ可愛いって有名なチサト先輩持ち帰ってたし!」

 ズキズキ痛む心臓は無視した。


「そっか。で、何? 私に関係なくない?」

「ひなこがそんなにムキになるなんて珍しいなあ」

「うるさいよだいちゃん。もう私帰るよ」

「はいはーい。また明日!」


 明日で一学期が終わりだと言うのに彼氏のひとりも作れなかった。


 ホームルームが終わっても、ひなが飛んでこないなんて……。代わりに来たのがだいちゃんじゃあ、話にもなんない。


「ひなこちゃん」

「……はい」

 振り返った先にはイケメンがいた。顔面オッケー、身長オッケー、人当たりオッケー! ひながその気なら私だってその気になってやる。

「僕、3年の三井って言います。ちょっとお話いいかな?」

「あ、はい」

「よかった。率直に言うけど、ずっと好きだった。付き合って欲しい」

「……よ、喜んで」


 誰がこんな美味しい話、断るって言うんだ。


「本当に!? 嬉しい。緊張した〜」

 その時、廊下を通ったひなと視線が重なった。ひなは例の先輩だろう女の子と並んで歩いていて、だけれど酷く退屈そうな顔をしていた。

 間違っても、私に駆け寄ってくるあの犬みたいな顔はしていない。どっからどう見てもクールな美少年にしか見えなかった。


 ……あれだ、私のことを「ひなこ」って呼ぶ時のあの顔。少し不機嫌なあの顔だ。


 帰ったら、嫌味のようにひなの家に押しかけよう。女の子がいたらそっと帰るけど、どうせひなは今日も深夜まで帰ってこない。早い時で2時。遅い時だと4時半はまわる。

 女の子を連れ込むのなんてきっと少しの時間だろう。


 兎にも角にも、彼氏ができた。

 三井先輩と連絡先を交換して、夏休み初日のデートの約束も取り付けた。


・・・

 帰ってすぐ寝て、計画通り4時に起きた。

 ひなの家の明かりがついていないことを確認する。どの部屋も明かりの気配はなく、シーンと静まり返っている。

 そっと家を抜け出して、ひなの家に入る。鼻腔をかすめるクロエの香りが懐かしく感じた。

 玄関が開く音で気付いたみおが玄関まで顔を出した。女の子の靴もひなの靴もない。


 もう定位置になっているリビングのソファに寝転ぶ。ひなが帰ってこないんじゃないかと、少しだけ不安になった。


 でもその不安は杞憂に終わって、すぐに玄関から音がした。私は何となく居た堪れない気持ちになって、タオルケットを被り寝たフリをする。


 リビングの扉が開く音がして、心音が上がる。みおが「ミャー」と鳴いた。

 やっぱりドギツイ甘い香りがして、泣きたくなる。


「ひなちゃん」

 小さな小さな声で吐き出された自分の名前。唇が震える。

 ひなは私の目の前にしゃがみ、私の髪を優しく撫でる。学校での態度が嘘みたいに、いつも通りのひなだ。


「ひなこ起きろ」

 だけどそれもほんの一瞬で、次の瞬間には厳しい口調へと変わっていた。ゆっくりと目を開く。バッチリと重なる視線に瞬きを数回した。


「何してんの?」

「……」

「彼氏は? 浮気? 俺とヤリたくなった?」

「ちがっ」

「ひなこって彼氏ができても男の家上がるような尻軽女だったんだな」

「……ひなは男じゃないし」

「……あっそ」


 どうしてだか、一瞬ひなが傷ついたような顔をした。


「ひなはあの先輩と付き合ってるの?」

「いや別に。何か寄って来たから一回ヤッただけ。そしたら何か彼女ヅラして来てウザい」


 ひなだとは思えない口調。ひなだとは思いたくない内容。


「ひなって女の子のタイプとかないの?」

「ないね。全員性欲の捌け口か金に見えるよ」

「……」

「……何してんの?」


 どうしてだか、抱き締めたくなった。ひながどこか遠くに消えてしまいそうで、怖くなった。だから抱き締めた。ひなは少しだけ震えてる。



 ――薄暗い朝には雨が降っていた。

 外に出かけるには気が乗らないどんよりとした天気。それでも私は先輩とのデートの為にいつも通り、髪をゆるく巻いてメイクをする。


 こんなにひなと険悪になるなんて、なんだか小学生の頃、くだらないことでひなと喧嘩してすごく落ち込んだことを思い出す。

 結局あれは、女の子にハブかれ始めた私をひなが護ってくれたんだっけ。「ひなちゃん帰ろ、この前はごめんね」って手を握ってくれたんだっけ。思えばひなと喧嘩して、私が自分から謝ったことなんてあったかな。無かったかもしれない。

 だからだ、だから自分から「彼氏を作る」と告げたのに容易くひなに話しかけに行ったりした。家に行ったのだってそうだ。会って話せば、もしかしたらひなは引き止めてくれるかもしれないと思ったんだ。もうこの年になってしまえば、人間関係というものはそう簡単なものでもないのに。

 バカでバカでどうしようもない。

 もうひなからのメッセージも着信もない。あんなに鬱陶しかったはずなのに突然焦りが生まれる。


 家を出て、電車に乗る。ひなと色違いの傘はやめて、透明のビニール傘にした。


 待ち合わせは渋谷で、人混みが苦手な私にとっては少しだけ憂鬱だった。

 だけど、「話したこともないし、あまり長時間一緒にいても疲れちゃうだろうからランチ食べて解散にしよっか」なんて気を遣わせてしまえば、行かないことにも出来ず…。顔もスタイルも良くて気も遣えるって、爽やかイケメンはさすがだ。



 先輩は見つけやすかった。スタイルのいい彼は渋谷に居ても少しだけ目立っている。雨でも渋谷は当然のように混んでいるらしく、傘が邪魔だなと思った。

 目が合い手を振れば振り返してくれる。

 駆け寄ってきた先輩が自身の傘を畳み、私の傘を代わりに持ってくれた。所謂、相合傘というやつだ。


「待たせちゃいましたか?」

「ううん、待ってないよ。来てくれてありがとう」


 先輩は白い歯を見せてニッコリと笑った。物腰柔らかで鋭さがなくて優しいことが見た目だけで窺える。私はそれに対して少し妙な気持ちになった。少しだけ、取り繕う感じが鼻につく。告白された時にも同じ感情を抱いた。


「手を繋げないのが残念」

「えっ、あ、そうですね」

「ふふ、腕を組んでくれてもいいんだけどね」


 息をするように先輩の口から出てくる甘い言葉にドギマギする。そういうのは慣れていない。ひなはいつだって擬似の言葉しかかけてくれなかったから。

 ひなの本心はいつだって私を“ひなこ”呼びする時だ。そんな時に甘い言葉なんて吐かれたこともない。いつだって私に対して不機嫌な時だ。

「ひなこちゃん、渋谷苦手だった?」

「えっと、少し……」

「そっかぁ。ごめんねわざわざ来てもらっちゃって」

「全然! 寧ろ誘って頂いてありがとうございます」


 あーだめだ。ひなに制限されまくってた所為でなんて言うかこう、恋愛対象の男の人と関わり方がわかんない。ただの男友達だって思えば話せるのに。


 雨足は少し穏やかになった。代わりに蒸し蒸しと、熱気が増した気がする。雨も人混みも苦手だ。きっとひなだったら渋谷へ行こうなんて言い出さない。どれだけ記憶をひっくり返しても、ひなと渋谷に行った記憶は一つもなかった。


「美味しい?」

「はい、とっても」

 先輩に連れられてきたお店は有名なパンケーキのお店で、初めて拝むパンケーキに心は踊る。

 先輩は甘いのが好きみたいでクリームとフルーツの乗っかったパンケーキを、私はベーコンやスクランブルエッグが乗ったパンケーキを頼んだ。


「嬉しいなぁ。ずっと気になってた子とデート出来て」

「ずっと?」

 フォークが止まる。


「うん、ひなこちゃんが入学した時からかな。まあその時から隣には桜井くんが居てショックだったけど」


 先輩は苦笑しながら気まずそうにこめかみをポリポリとかいた。


「全然知らなかった……」

「そりゃそうだよ。接点ないもんね」


 先輩はゆっくりと幸せそうにパンケーキを食べる。私を連れて来たかったのではなく、きっと先輩が来たかったんだろう。先輩の周りには穏やかな空気が流れていて、マイペースな人だと思った。


 完璧に私に合わせてくるひなとは違う。

「でも私、ひなとは付き合ってませんよ?」

「えっ、そうなの!?」


 これを言うと大抵みんな驚く。先輩も例外ではない。

 逆にどうして、私の態度を見ても付き合ってると感じられるのだろう。私はいつもひなを遠ざけていたし、「しつこい」「うるさい」「鬱陶しい」など罵倒もしていた。何百回何千回と付き合っていないと公言もしている。

「てっきり付き合ってるものだと」

「ただの幼馴染みですよ」


 自分の口からあっさりと溢れたその言葉に胸がキリキリと痛む。ただの幼馴染みだったらこんなに苦しまなくて済んだのに。


「もったいないことしたなー」

「え?」

「それをもっと早く知っていれば、もっと早くひなこちゃんにアタックできたのに」

「あはは」


 どうしてだかひなの不機嫌ヅラが浮かんだ。

 今日は何をしてるんだろう。もしかしたらまだ寝ているかもしれない。


「あ、そろそろ行かなきゃだ。夏期講習があるんだ。もっと一緒に居たかったなあ」

「夏休みは長いですし、また会えますよ」

「うん、そうだねありがとう」

「夏期講習、何時からですか?」

「13時だよ。すぐ近くだから大丈夫」

「良かった。ご馳走さまでした」


 先輩が奢ってくれて、一緒にお店を出た。

 すっかり雨は止んでいて、雲の隙間からは少しずつ日差しもある。暑くなりそうだ。


「今日は本当にありがとう。また連絡するね」

「こちらこそありがとうございましたっ」


 先輩は手を振りながら渋谷の街へ消えていった。


 やっぱり、マイペースな人だった。デートに不慣れな私にとって、二時間に至らないこのくらいの時間のデートはとても好都合だったけども……。でも正直、合わないなと思ってしまった。

 私には先輩が、自分の都合ばかり考えて動いているように見えた。やっぱりどこをとっても先輩はひなとは違って、ひなと半分こずつに分けっこして食べる外食が恋しくなった。





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