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「1984の世界観」という話
「1984の世界観」という話
ジョージ・オーウェルの小説『1984』のような世界になっていませんか?
平和を祈りつつ、少し考えてみましょう。
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ようこそ。門松一里です。静かに書いています。
という話は、調査資料(エビデンス)を使った「思考の遊び」――エンタテインメント(娯楽)作品です。※虚構も少なからず入っています。
※本当はノワール作家です。
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『1984』はディストピア小説です。ディストピアはユートピア(理想郷)の反対です。
もうどうしようもない世界です。
自由のない世界です。独裁制で官僚によって支配されています。
逆に言えば、奴隷なので「気づかなければ」幸せです。
※「幸」という漢字は「死」に抗う意味があります。
とはいえ、自由だとしても何でもできるということではありません。
そもそも制約があるからこそ自由ですから。
独裁制もその施政者(国のトップ)が有能であれば、とてもいいように政治が動くのですが、無能ですとマイナスになります。
振れ幅が大きいんですね。数値でいうと100〜-100まで変化します。
一方で、民主主義はというと、最高で70くらいで、だいたい30くらいでまあまあといったところです。
数値的には低いですが、-100まで落ち込むようなこともありません。せいぜい-30といったところでしょうか。
これは陰謀ではありませんよ。
政府はそれほど有能ではありませんから。
「政府は悪を行うか? もちろん。しかし、陰謀を企てるなんて無理だ。無能すぎる」
『エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY』
"Are governments capable of evil? Yes, of course they are. All institutions are. But they’re more capable of incompetence."
"Elementary" 2-3 "We Are Everyone"
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ジョージ・オーウェルの小説『1984』で主人公は破滅します。それも奴隷のように体制に屈服するのではなく、体制を敬愛しながら処罰されます。
「ふつうの人は考えていない」ということを自覚していません。
選択は、思考ではないので。
多少なりとも学んで、考えていくことが大切です。
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第二次世界大戦のあと、朝鮮戦争を経て、私たちは大国による全面戦争を考えないようにしてきました。
冷戦時には第三次世界大戦の危機はありましたが、イコール人類の破滅ですから考えても仕方ないという面もありました。#blackjoke
特に核兵器をどう使うかということは、あらゆる思考がなされました。
本来、不用意に使うということができないものです。
「ココでもう一発撃っておくか」とかできない訳です。
それが米国とソ連という大国の了解でした。両国とも恐かった訳です。
それが中国という大国を米国がつくってしまいました。
ソ連に対抗するために、米国は中国と手を組みました。
いずれ民主主義になるという希望(というか願望)がありました。
そんなことにはなりませんよ。
東アジアの思想ではそうはならないのです。欧米も中国でさえもその本質を理解していません。
仮想敵国と対峙している、いずれ戦場になるかもしれない人たちは理解しています。
だって、ずっとそうしてきたのですから。
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一方、欧米のやり方は簡単です。過去の植民地政策となんら変わりません。
投資し、利益を奪い、反抗してきたら上から押さえる。
そうした方法ではもう対抗できなくなっています。
であれば、どうしたらいいのか。
小さな国はまとまって団結して、相手を内部から分裂させること/分断することです。
https://www.youtube.com/watch?v=VtvjbmoDx-I
1984 Apple's Macintosh Commercial (HD)
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私としては、小説『1984』よりルポルタージュ『カタロニア讃歌』のほうが評価が高いです。
ジョージ・オーウェルは、スペイン内戦でマルクス主義統一労働者党の民兵として参加しています。その後、ソ連のスターリン主義と共産主義を強烈に批判しています。
社会主義者としてファシストと戦っていたはずが、味方であるはずのソ連の共産党によって粛正されそうになったからです。
この時代の社会主義は、理想そのものですから、今から考えるとかなり歪んでいます。
(だからこそ、エリートがはまってしまったのですが)
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何かを学ぶときのきっかけは、どのようなものでもかまいません。
私自身、スタンリー・キューブリックの映画『時計じかけのオレンジ』を観て、その原作者がアンソニー・バージェスだったので、バージェスの小説『1985』を知ってから、オーウェルの小説『1984』を読むようになりました。
ふつうは反対ですね。映画好きですから逆になってしまいました。
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