『ジャムおじさん』春風亭貫いち


(語り : 橋本さとし)


午前7時30分――この時の気温は8℃…まだまだ寒い日が続いている。しかし丘の上の店先には、開店を待つ客が既に長蛇の列をつくっていた。店内ではスタッフの女性が焼きたてのパンを棚に並べている。

(スタッフ女性)「私ですか?工場長と一緒に創業当時から働かせてもらってますね……えっ?それはやっぱり大変な仕事ですけど、私、女子野球でピッチャーとしてインハイまで行ったことがあるんですけど、その肩を活かせるこの仕事好きですよ」

店の奥の厨房では工場長が一心不乱にパン生地をこね続けている。オーブンの中を横目で確認しながら、こねた生地を寝かせる行程に入った。ちなみにこれは明日の焼くパンの仕込みである。年商4億5000万――この不況の世の中、パン屋一店舗のみでこの収益を生み出していたのは一人の職人の技術だったーー

NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
file.500 「”アンパンマンワールド”の立役者 創業からの苦悩」

パン工場の朝は早い。午前3時、パンのオーブンを温めることから一日は始まる。オーブンのスイッチは閉店まで切ることはない…常に焼く準備をしておかなければ業務に支障をきたすそうだ。パン工場の代表取締役にして職人「”工場長” ジャム」……メディア露出の多い彼だが、本名を知る者はいない。特注のコックコートを羽織ったジャムはコック帽を被り、作業に取り掛かる。前日に仕込んでおいたパン生地を取り出し、成形する。時間帯によって異なるが、パン工場では一日に120種のパンを販売している。その内60種は朝の段階で焼き上げてしまう。成形と焼き上げを同時並行で進めていく。
午前5時20分、成形が全て終わると女性スタッフにオーブンを任せ、ジャムはミニバンに乗り込んだ。今から市場と小麦粉問屋街を回る。

「最近はネット注文もありますけどね…やっぱり自分で見たものじゃないとお客さんには安心して提供できませんよ。自分の目で見てから発注して工場に届けてもらうスタイルでやってます。アンパンマン号ですか?あれは小回りがきかないんで一人移動は基本ミニバンです」
(Q) 女性スタッフおひとりに焼き上げを任せて大丈夫ですか?
「そこは問題ありません!最初は私が全部作って、彼女は販売だけだったんですが……今では優秀な部下ですね」
(Q) 朝早いお仕事ですが、身体を壊したりはしませんか?
「いや~壊してる暇ないですよ。お客さんである動物たちって大抵は日の出とともに起床するので、朝早いのはつらいです。これは何年やってても感じます。ですが基本的にウチは年中無休で営業させてもらってます。あと、NHKさんの前で言うのもアレですけど、毎週日本テレビさんの密着もありますし、バタ子の計算だとリピート率は7割5分ですから、私が倒れたら店が回らないですし、アンパンマンさんとの仕事も滞ります」


1961年、それまで大手広告代理店で働いていたジャムは、64年に開かれる東京オリンピックを前に「これからは外国文化を学ぶ必要がある」と脱サラし、単身ヨーロッパへとパン修行の為に飛び立った。それまでパン作りの経験がないジャムであったが、内に秘めた才能を開花させ、フランス・イタリア・ドイツ・ベルギーでの修行を2年で終了させ帰国、そして念願のパン工場を開店させた。しかし欧州では高く評価されたジャムの技術も米食の日本では全く相手にされなかった。多額の負債を抱えたジャムは酒に溺れ首を吊ることさえも考えていたと言う。

「あの頃は全然ダメでしたね~――ヨーロッパで天狗になってた私の鼻も見事に折られて今じゃこんな鼻になっちゃいました(笑)…そんな時ですかね…皆さんもどこかで聞いて知っている話だとは思うんですが、仕込んでいた粒あんに生命が宿ったんです。その粒あんを私のパン生地で包むことでアンパンマンさんが産まれました。戸籍上は何の繋がりもありません。しかし私はアンパンマンさんを実の子どものように可愛がりました。アンパンマンさんは赤ん坊の頃から周りの人を助け、笑顔にしていましてね…それで私学ばされました……美味しいとか欧州式とかもう度外視して、ただただお客さんを喜んでもらえるパンを作ろうってーー」
(Q) それから今の活動に至るんですね?
「えぇ!アンパンマンさんはバイキンマンとの戦いに明け暮れてますからね。今度は私がアンパンマンさんに何かを与えられるような、そんな人間になりたいと考えています」
(Q) あなたにとってパン作りって何ですか?
「これ言うの恥ずかしいんですけどね……
私がやらなきゃ誰がやる!…ですかね」
(Q) 最後に…プロフェッショナルとは?
「う~ん……「笑顔を作りたい」って胸を張って言える人間のことじゃないですか?私はパン作りですけど、職種は何でもいいんです。笑顔を作ろうとする人間はみんなプロフェッショナルです」

恥じらいながらも語ったジャムの眼には…灯(ひ)が点っていた!!


♪ずっと探して~いた 理想の自分って…♪

来週のプロフェッショナルはーー
「唯一無二を目指せ “孤高の尻職人” 倉持由香×野原しんのすけ」

2020.4.18

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