仮定法過去完了の完全解説 ー仮定法のユウレイ3ー
仮定法のユウレイ2の続きです。※下線はリンクですので、クリックしていただければ、解説記事に飛びます。
文法という、規則、ルールは、頭の中に描く「絵」と「動き」があるから、生まれますが、はたして、ネイティブやバイリンガルは頭の中にどんなことを描いているのか?どうして、そのルールになったのか?
「仮定法のユウレイ」シリーズなどで、それを探ってみました。
仮定法過去完了を解説する前に、ここで確実にしてもらいたい事を三つ+1を列挙します。
過去形と過去完了形は、英文法用語にとらわれると別物に思えてしまいますが、共に過去形。※現在形と現在完了形も、共に現在形です。
「過去完了形は過去に明確な一点という基準がなければ過去完了形は使えない」
関正生著 真・英文法大全p83センター試験問題を取り上げ解説していますので参考にしてみてください。
条件節の仮定法過去完了の過去完了形の部分と、普通の過去完了形は、同じもの。
条件節の仮定法過去の過去形の部分も、普通の過去形は、同じもの。
+1
present form=現在形
話者に関係がある、関与できる世界
past form=過去形
話者に関係がない、関与できない世界
このようにする根拠は、古・中英語で独立した動詞変化として存在していた「仮定法」が、現代英語で時制のズレとして吸収消失、この事により、多義的になり、past formは時制の違いだけでなくなったからです。
※詳細は「過去形の多義性と三単現のsがある理由」を参考にしてみて下さい。
それでは、本題に入ります。
仮定法のユウレイ2で解説したように、仮定法過去は、present formにいて、話題に上げる事柄が、話者には関係しない(どう関係しないかは実現しない事で)から、現在形で語る中で、時制をズラし過去形で語っています。
一方、仮定法過去完了では、同じく話者はpresent formにいますが、視点を過去のある一点に置いて(アンカーして)、話題にしている事柄が、その過去の時の話者と関係しない、影響しない事と考えています。だから、そのアンカーした過去から時制を一つズラして、過去完了形で語るのです。
この挙動から
仮定法過去完了の中の過去完了形は、一般の過去完了形と同じものだと言えます。
言い換えると、if過去完了と言う形で、全く新しい仮定法過去完了形と言うモノが生まれるのではありません(同様、if過去という形で、過去形とは違う、仮定法過去形と呼ばれるモノがが出来るわけでもありません)。
このことからも、前記事「仮定法のユウレイ2」で結論づけたように、仮定法は、その形でもって、文法的機能を有するのではなくて、表現の文法的分類だと言うのがわかります。
仮定法過去が現在の意味なのに過去形になるのは、時間的な理由では無く、今とは関与しない(実現せず=結果的に関与しない)と話者が思っているから。
一方、仮定法過去完了が、仮定法過去と同じ形の上で過去形で、且つ、同じ仮定法に分類されるモノなのに、過去の意味になるのは、逆に今度は、時間的に過去という理由だからなのです。
※ちなみに、ここだからこそ確認しますが、単純過去形も過去完了形も、両方とも過去形です。同じく、仮定法過去と仮定法過去完了も共に過去形です。日本語英語だと両者は別物だ、という錯覚に陥ってしまいますが(わたしだけ?汗)、同じ過去形なのです。
こんがらがってしまいますが、話者が語っている今現在present formから両者を比べると、今の話者に影響しない事は同じ(だから過去形)ですが、理由が異なるのです。
繰り返します。
仮定法過去が今と関係しないのは、時間的な意味では無く、話者が関係しない、影響しない(実現せず=結果的に関与しない)だろうと考えているから。
一方、仮定法過去完了の場合は、そうでは無く、時間に過去だから。
しかし、ここからが、もう一つの、こんがらがる核になりますが、仮定法過去完了形における、アンカーした過去のその時に身を置いたとき、その時には、時間的な理由では無く、その時話者が、話題にしている事柄がその時の話者と影響しない関係しない(実現しない)と考えていたからです。present formにいると時間的な理由であったのに、その過去の時に身を置くと、時間的な理由でなくなるのです(そのアンカーした過去の時には、今度は話者が関係しない理由が、仮定法過去と同じになるのです)。なぜこうなるのか?、そこまでツッコミができません。
時間の区別を議論しているので、「その時」と繰り返し、くどくて煩わしいですが、ご容赦ください。
英語脳だと、この二つ(過去形が今に影響できない理由)はpast formとして、一つなので単純明快スッキリですが、日本語の過去形には時間的な差異しかないので、日本語脳で考えると二つに分かれ複雑になってしまうのです。
それだからこそ、原語表記のpast form,と表現しているのですが、それでも日本語の過去形の概念が強すぎて引っ張られてしまいます。
以上のことを念頭に置いて、例を挙げて検討してみましょう
If I had read the book first, I would have enjoyed the Harry Potter.
最初に小説版を読んでいたら、『ハリー・ポッター』の映画版をもっと楽しめただろう。
焦れったいですが、まず、もう一度、確認しておきたいことは、この文は単純に過去形の話なので、今、話者がいるpresent formには、影響しない。関係がない話です。
この文(仮定法過去完了)は、視点を映画を見た時にアンカーしている。話者はpresent formにいるけれども、その身をその過去の時に置いて、その時に、小説を読んでいたらと、その過去の時の "I" に影響しない関係ない(現実でないから関与出来ない)ことを表現しようとしているから、その時の過去よりも時制をズラしているのです。
帰結節も同じです。その過去の時、話者は確信度の度合いを表現したいから、助動詞の時制をズラしたのです。つまりはpresent formにいる今の話者からすれば、助動詞過去+have p.p。
どう表現すればいいのでしょうか?
身をハリポタの映画を見た過去にタイムマシンで戻れば、それはその時は現在の時ですので、その時の時制のズレは助動詞過去。しかし、実際は今、present formにいるから、もう一段階時制がズレて助動詞過去+have p.pとなるのです。
さて、
ここから、仮定法過去完了の核心に迫ります。
関正生著 真・英文法大全で
ミックス仮定法として、条件節と帰結節の混合をp172に説明しています。
If I had bought that stock five years ago, I would be a millionaire now.
もし5年前にあの株を買っていれば、今頃は大金持ちだろうになあ。
if節は仮定法過去完了、帰結節は仮定法過去です。
以下わたしの勝手な解釈です。
この文は、通常の仮定法過去完了と違い、帰結節が過去その時の確信度のではなく、今の確信度の度合いという表現です。
この一文は、現在形で語る中で出た一文です。したがって、帰結節は過去形であるけれども、現在の意味です。この助動詞の挙動の詳細と意味は「英語にひそむザラブ星人」と「英語にひそむザラブ星人2」で記しましたので参考にして頂ければ幸いです。
もう一つ、今度は逆の例を挙げています。
If Ferraris were cheaper, I would have bought one already.
もしフェラーリがもっと安ければ、既に買っていただろうに。
事実は「フェラーリは今現在もcheaperじゃない」ため、「今現在に対する仮定」→「仮定法過去」を使う/帰結節は「過去の仮定」→「仮定法過去完了になっている」
以下、わたしの勝手な解釈です。
この一文も、現在形で語る中で出た一文です。
フェラーリの価格の安さは、空想だから、頭の中の話だから、今とは関係ない、影響しない(だから現在形で語る中で過去形)、と条件節で前提を表して、
そしたら、あの時買っていただろうと、過去のあの時の確信度の度合いを表現しているということ。
当然のことながら、今も "I" には影響しませんが、前の文脈で話題的に過去のあの時に注目しているから(過去のあの時に注目していることは、この一文の中にはない)、このような表現になるのです。
このように、if過去完了と普通の過去完了形は同じですし、
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ただし!完了形本来の意味はなく、時制のズレだけを表現するために用いられています。しかし!!先に示したように、仮定法過去完了が、今に影響しない理由が曖昧(複雑)なことで、完了形本来の意味をも含んでいます。どう言うことかと言うと、完了形はネタ振り、言外に言いたい事を表現する事だから、その言外に言いたい事は、普通表しませんが、仮定法だと、その言外に言いたい事が、帰結説(主節)として表している。だから、本来の意味の完了形とも言えます。しかし、完了形はアンカーした今いる立ち位置から前のことを、持ち出して、その今に繋げる表現(することでネタフリをする)だから、今と、持ち出す過去は時制がズレるのですが、フェラーリのミックスの例は、言外に言いたいことが前になっています。ということは、完了形の範疇から外れてます。このことからも、仮定法に現れる完了形は、全く同一というわけではなく、不完全なものなのです。この現象は、おそらく、完了形も仮定法と同じく表現の分類だからだと思うのですが、そこまでツッコミができません。
ーーーーーーーーー閑話休題。
帰結説の助動詞過去+have p.pも普通の助動詞過去+完了形と同じなのです(ただし!この時の完了形は本来の完了形と時制のズレを示す過去完了形で、ネタフリという完了形本来の意味はありません。ニセモノ過去完了形です)。
※時制のズレしか示さず、本来の意味を持たない完了形を、各種記事で、ニセモノ(もしくはザラブ星人)と称して分けていますが、その理由は、古英語で消えてしまった仮定法が、現代英語で時制のズレとして潜んでいるから、それは別物とした方がわかりやすいからです。
仮定法過去完了が完全な妄想になる理由
河上道生著「英語参考書の誤りとその原因をつく」p433
本書は、ネイティブ文法書をいくつか引用し、仮定法過去完了は "purely hypothetical" 完全なる仮定とし、rejected condition, unreal condition, contrary-to-fact conditionというように称しています。
以下、わたしの勝手な解釈です。
つまり、
仮定法過去と違って、仮定法過去完了は、完全なる妄想になる、とネイティブ文法書を引用して、断言しています。
その理由は、帰結節で助動詞過去+have p.pで、今話者がいるpresent formとは関係ない、影響がないことが確定した表現を使っているからです。
不確実で影響があるかも知れないと話者が発話している今の時に、思っているのなら、帰結節は、先の「株」の例と同じように、ミックス仮定法の助動詞過去になります。今と関与する、影響する可能性があるから、現在形から時制をズラして、助動詞過去にし、確信の度合いにするからです。
そうで無いことが確定したから帰結節で助動詞過去+have p.pで表現したのです。
だから、仮定法過去完了が完全な妄想になるのです。
別の角度から見ると
仮定法過去完了は過去形。その過去形の理由は、前述したように、仮定法過去とは違い、時間的な理由からです。時間的過去は、どうあっても、present formに関与できません。だから「完全なる妄想」になるのです。現実では無い、事実と異なる事は、話者に関与、影響できないからです。
※ 一方、仮定法過去は(くどいようですが)過去と言っても、時間的に過去だから過去形を使っているのではなくて、関与しないから過去形を使っている。話者がその事に対して思っている不確実性(どう思っているかの心的態度)を時制ズラして表現しているからです。
思っているからこそ、その事は、時間が経過すれば、現実になってしまう事があるのです。その結果、現実可能も含んでしまうのです。
だから、現実可能から空想は、その表現方法による結果なので、一定しないのは当然です。つまりは、仮定法は結果的文法分類で、機能を有するのでは無いし、原因と結果の関係は無い、と言うことになります。
「仮定法のユウレイ4 ー仮定法の真の姿ー」に続きます。
※ ※そういえば、完了形の原語であるperfectにどうして完了という語をあてたのか?と同じく、Subjunctiveにどうして仮定法という語をあてたのでしょうか?
ここまで読んでくれてありがとう。
お疲れ様でした。
あなたに幸あれ!!