俺様は猫である 第3話【身の回りの環境をきれいに整える】
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「のろのろせずに、さっさと片付けろ。ったく、部屋片付けるのにいつまでかかってんだ」
盛大なため息を吐く黒猫様は、優雅な格好でソファの上から私を見下ろしていた。
「いやいや、だって部屋の掃除とかしてたら昔のアルバムとか、読んでた雑誌とか見つけて、つい読み込んじゃって片付かない……って、これ掃除あるあるでしょ?」
「何だよ、それ。お前が部屋の片付けし始めて、もう1時間だぞ?これ全部終わらせるのに、いつまで時間かけるつもりだ。そんなもん開く前に、いるかいらないかだけ決めて、サクサク進めていけよ」
「はーい」
偶然拾った猫が、実は喋れる猫でした……なんて不思議な出来事に遭遇した私。
そして、その猫に“幸せになれる方法”とやらを教えてもらうべく、今もこうしてせっせと部屋の片付けに勤しんでおります。
部屋の片付けと“幸せになれる方法”がどう繋がっているんだって?
そんなの私も知らないよ!
教えを請おうとした私に黒猫様が「なら、まずはこの部屋片付けろ」って言うんですから!
「ねぇ、師匠。私、幸せになりたいって言いましたけど、部屋の片付けと幸せって何か関係あるんですか?」
読み終えてそのままだった雑誌を紐で束ねながら、毛づくろいをしている師匠に尋ねる。
「おい、その“師匠”呼びはやめろ。俺様の美学に反する」
「はぁ……」
私の師匠……もといノーブルは、美的センスにうるさいようだ。
ちなみに聞いたところによると、“ノーブル”って名前は、フランス語で「気高い」とか「高貴」って意味があるらしい。
気品漂うその様をみてると、悔しいけど確かにイメージにぴったり。
色々謎は多いものの、ひょんなことから一緒に住むことになったのも、何かの縁。
しかも、数日前に失恋したばかりの私には、たとえ相手が喋れるおかしな猫であろうと、傍にいてくれることは有難かった。
実際、今日も朝から部屋の片付けに忙しくて、めそめそと泣く暇もない。
「ちなみに部屋の片付けと幸せについてだが、大いに関係あるぞ。“身の回りの環境を整える”、これが幸せへの第一歩だ」
「身の回りの環境を整える……」
私がそう呟くと、ノーブルはぐるりと周囲を見渡した。
「そもそも、この部屋は物が多すぎる。これ全部必要なものか?部屋に物を溜め込むってことは、それだけエネルギーを溜め込んでるってことだ。スピリチュアル的に聞こえるかもしれねぇが、こういう家は”気の流れ”も悪くなるんだよ」
「あー、何かそういう話は聞いたことがあるかも。断捨離って流行ってるけど、それは”気の流れをよくする”ってメリットもあるのかぁ」
雑誌とかでもよく見かけるもんね。
そういや「片付けで人生が変わる」みたいな本もあったっけ。
「いらないものはどんどん捨てる。手元に残すのは、本当に自分が好きなものだけだ。あとは、思い切って全部捨てちまえよ。例えば、そこでほこり被ってるトレーニング器具。それもゴミ箱行きだ」
ノーブルがキッと鋭く目を光らせた先には、ネットで買った腹筋のトレーニング器具がおいてあった。
お腹周りが苦しくなってきてから、「1日10分、テレビを見ながら楽して痩せよう!」という謳い文句に煽られて、ポチリと購入したものだ。
「えー、でもそれ高かったんだよ!そりゃ最近は使ってなかったけど、捨てちゃうなんてもったいない!いつか使うから置いとく!」
私がそう言うと、ノーブルはハッと鼻で私を笑う。
「俺が予言しといてやるが、その“いつか”は絶対来ねぇな」
う、うう……。
「いいや、絶対使います!」って断言出来ないところが悔しい。
でも、あれ高かったしなぁ。
「いいか?そもそも物を増やすってことは、ストレスを増やしてるのと同じなんだよ。スペースも必要になるし、メンテナンスもいるだろ?それ紛失した時に、探すっていう手間もかかる。物が多ければ多いほどそのリスクが高まって、自分でも知らない内にストレスが積み上げられていくってわけだ」
確かに、私、ものなくして探すこと多いな。
あれはストレスだわ。
「まあ、それは分かるんだけどさ。じゃあ、”手元に残すのは本当に自分が好きなもの”っていうのは、どういうこと?」
「単純に、好きなもので囲まれた方が気分がいいからだろ。気分がよけりゃ、気分がいいことが舞い込んでくる。前に言った”類は友を呼ぶ”と同じ発想だ。好きなものは大事に使うから物持ちもいいし、多少高くてもそっちの方がコストパフォーマンスはいい場合だってあるからな。メリットしかないぜ?」
「なるほど……。何となくその発想は分かる気がする。お気に入りのワンピースを着るとテンションがあがるし、大好きなブランドの食器は大事に使うもんね」
あと100均で買った雑貨とかが壊れても、「まあ安いし、また買えばいっか」って思っちゃうもんなぁ。
安すぎて「物を大事にする」っていう感覚も薄れてたけど、「あるものを大切に使う」って、“ていねいな暮らし”って感じがしていいよね。
「ってことでそのトレーニング器具は捨てとけよ。その成果、まったく出てないようだからな」
ノーブルはそう言いながら、最近さらに肉付きがよくなったように感じるお腹に、哀れそうな目を向けてきた。
おい、コラ!失礼な奴だな!
かくして、私の部屋の片付けは夜まで続いた。
積みあがるゴミ袋の山に自分でもビックリしたけど、すっきりとした部屋の中を見渡せば、なるほど気持ちいい。
俺様猫の言うことは、やはり正しいようだった。