俺様は猫である 第7話【ワクワクすることに飛び込む】
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次の日の朝。
若干2日酔い気味の私を「言わんこっちゃない」という風な目で見た後、ノーブルはまた眠りについてしまった。
朝が苦手なのか、私が出勤する時間は寝ていることが多いのだ。
「それにしても、昨日は飲みすぎちゃったなぁ~……」
なるほど。
何となく参加した飲み会の所為で、こんなイマイチな状態で朝を迎えることも、きっと幸せな人生からは程遠いという訳か……。
軽い頭痛がするこめかみを押さえながら、ミネラルウォーターを一口飲んで、私は重い足取りで部屋を出た。
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職場に着いてからも体が重くて、ぼーっとする頭を無理やり働かせながら作業を進める。
「また二日酔いかよー」なんて先輩はからかってくるけれど、“また”なんて言われちゃってる辺り、自分の情けなさを痛感するわ……。
今まで無目的の飲み会に、どれだけ時間を費やしてきただろう。
そう思うと、余計に「これからは時間の使い方に気をつけるんだから!」という思いがメラメラと湧いてきた。
昼休みはいつも何人かで外に食べに行くけれど、今日の私は「すみません」とその誘いを断った。
ゼロにはしないでおくつもりだけど、これからはその回数を出来るだけ減らして1人の時間も増やそうと思う。
そもそも一緒に食べるのは“感じが悪いと思われるのが嫌”とか“友達がいないって思われるのが嫌”とかそんな理由だった。
だから、いつもみんなと合わせて行動していたけど、食事中の話題はだいたい上司の悪口や、愚痴が多い。
自分がネガティブな発言を避けるのはもちろん、そういう発言が多すぎる人からも少し距離を置いた方がいいっていうノーブルのアドバイスも実践中だ。
たまに愚痴吐いてストレス発散するときがあっていいと思うけど、口を開けば人の悪口言う人っているもんね。
ネガティブな言葉のシャワーを浴びてると、自分までどんよりした気持ちになっちゃうし、その辺りはこれからも気をつけようと思う。
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私は誰もいない屋上のベンチに座り、コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら空を見上げた。
ビルに囲まれているこの場所では、目の前に広がる空の広さも少し窮屈に感じる。
「さて、やりますか」
ご飯を食べ終わり、とりあえず昼休みのこの時間で「理想の人生」を考えてみようと思い、手帳とペンを握り締める。
ノーブルが言っていた理想の自分は「どんな家に住みたいか」「どんな服を着ているか」とかを想像して、細かい項目も思いつく限り書き出してみる。
夢に思いを馳せるその時間はワクワクして、何だかそれだけで楽しかった。
「でも、この項目は難しいなぁー……」
欲しいものを欲しいだけ買える収入が欲しいとか、海外旅行にいっぱい行きたいとか……。
そういう煩悩みたいな願いはすぐに思いつくんだけど、「どんな仕事をしたいか」っていうのを考えてみると、結構難しいもんだよね。
就職活動の時は、「どれだけ初任給が高いか」とか「福利厚生が充実しているか」とか、企業のブランド価値で会社を選んできた。
仕事の業種や職種にこだわりなんて特になくて、「この仕事がやりたくて入社しました!」なんていう情熱もなく、気が付けばただ与えられた仕事をこなす毎日だ。
結局、短い昼休みの時間内にその答えは出なかった。
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「ただいまー」
仕事が終わり、寄り道もせず自宅へ帰ってきた私は、部屋の奥にいるであろうノーブルに向かってそう言った。
ノーブルは、私の顔を見ると「今日は早ぇじゃねぇか」と少し驚いた顔を見せる。
「ノーブルに言われたから、時間の無駄遣い減らそうと思って」
「いい心がけだな」
ノーブルはそう言うと、毛布の上でぐーっと体を伸ばして、ソファの上にひょいっと飛び乗った。
私は荷物を置いて洗面所へ行き、部屋着に着替えて、またリビングに戻る。
いつもだったらすぐにテレビのリモコンに手を伸ばすんだけれど、それも押し留めてかばんに仕舞った手帳を取り出した。
「とりあえずさ、今日の昼休みに理想の人生についていろいろ考えてみたんだけど……」
そう言うと、ノーブルは私の手帳を覗き込んできた。
「ふーん、前よりは細かいとこまで書いてるじゃねぇか」
「うん、一応ね。たださ、“どんな仕事をしたいか”ってのがなかなか思い浮かばなくてさー」
ノーブルは空欄になった“仕事”のところを一瞥して、ハッと鼻で笑う。
「あぁ、この項目が書けないって奴は結構いるぜ。仕事なんて、1日の大半を費やしてやってんのに。それについてちゃんと考えたことがねぇってどういう気概で仕事やってんだよ、お前ら人間は」
「うう、すみません……」
とりあえず人間代表で謝っておく。
ノーブルが言うように、世の中の多くの人は自分が本当にやりたい仕事についてちゃんと考える暇さえなく、忙しい毎日を過ごしているんじゃないだろうか。
自分の好きな仕事をして、“毎日楽しい!”って思って生きている人は、ほんの一部だと思う。
「じゃあさ、どうやったらそれって見つかるの?“これだ!”って思う仕事なんて、すぐに見つかる気がしないんだけど……」
私は頬杖をついてペンをくるくる回しながら、そう尋ねた。
するとノーブルは、艶のある毛を丁寧に毛づくろいしながら答えてくれた。
「まぁ、そうだな。それが簡単に見つかったら、苦労しねぇもんだ」
「でしょー。何かヒントないの?“これだ!”って思える仕事が見つかる方法」
「あるぜ」
何だ、あるんじゃん。それなら全然問題ない……って。
「えっ?!あるの?!」
あるなら早く言ってくれたらいいのに!
やりたい事も見つけられないまま、人生を終えてしまうのかもってちょっと焦ってたよ、私!
「自分が“これだ”と思う仕事を見つけたいなら、まずは自分がワクワクするものに飛び込むことだな」
「わくわく……?」
「そうだ。これをしている時は最高に楽しい、おもしろい、興奮する、感動する……そういったもんってないか?それは自分にとって“好きなこと”で、面白い人生は、日常にその“好き”が溢れている人生なんだよ。だから1日の大半の時間を過ごす仕事がの時間が、その“好き”で埋め尽くされれば、もっと人生が楽しくなると思わないか?」
日常に“好き”が溢れてる、かぁ……。
確かにそんな人生だったら、めちゃくちゃおもしろそう。
仕事だって楽しいだろうなぁ。
「お前の好きなことは何だ?本を読むこと、料理をすること、裁縫をすること?何だっていい。自由に使える金と時間があるとすれば、お前は何がやりたい?つい時間も忘れてやってしまうことって何かないか?心が躍る、そんなワクワクするものは何だ?」
「私って何が好きなんだろう……」
パッと思いつくのは、映画とか旅行かな。
他には、何だろう。
「もし、自分の好きなことが分からねぇときは、“おもしろそう”と思ったものにどんどん飛び込んみるといいぜ?自分の直感にしたがって、そういうワクワクするものに飛び込んでいくと、自分の好きなものもはっきりしてくるはずだ。まずはそこから始めてみたらどうだ?」
「なるほど。まずは、ワクワクする面白そうなことに飛び込んでいけばいいんだね」
理想の人生の仕事欄は一旦、保留にしておこう。
とりあえず今は、自分が“おもしろそう”と思ったものに目を向けてみるか。
「ああ、何か私日々成長してるって感じがするよ!ありがとう、ノーブル!」
テンションが高ぶって、またノーブルに抱きつこうとしたけど、今日はさらりとかわされてしまった。くそっ!
「当然だろ?俺様を誰だと思ってんだ」
床にぶつけた鼻をさすりながら起き上がる私を、上から見下ろすノーブル。
ホント絵に描いたような俺様キャラだな。
「ノーブルサマデス」
「何で棒読みなんだよ、お前」
「痛い!ちょっ、ごめん、ごめんって!」
私の態度がお気に召さなかったのか、勢いよく飛び乗ってくるノーブル。
そんなノーブルから逃れるため、私は急いで台所へと駆け込んだ。
そんなこんなで今日の私の1日は、騒がしく更けていきましたとさ。おしまい。