空気を変えることばと経験を煮込むことば
先日の、中島崇学さんの「空気を変えるすごいひと言」を読んで考えたことのつづき(というか、そこから思い浮べた、まるきり別ものの話)。
「空気を変えるすごいひと言」を読み、その本の出版感謝会に出席した後でときどき思いかえしていることばがある。
それは、空気を変えることばの真反対の側にある。
いま・ここで起きていることにすばやく対応することばではなく、対話の場を離れ、いろんな経験を積んでいくなかで、そこに含まれる出汁がジワッと沁み出してくるようなことば。
いってみれば、経験を煮込むことばだ。
気になっていることばを問われて
ワークショップ形式で行われた「空気を変えるすごいひと言」の出版感謝会で、こんな問いを投げかけられた。
まっさきに浮かんできたのは、(ぜんぜん最近ではないけど)母から聞いたこんなことばだった。
おそらく20年以上(25年くらい?)前、洋裁を仕事にしていた母が、夜更けに仕事をしながら何の気なしに口にしたことばだった。
「竹を割った性格」を絵に描いたような母だったから、最初に聞いたときは「やはり何事も勢いよくやらないと気が済まない性格なんだな」くらいに思った。でも、それから長い年月を経るうちに、このことばをときどき思い返しては、「これはなかなか含蓄が深いぞ」と思うようになった。
「ぜったい無理」の向こう側
その後の長い年月の間には、仕事のあれやこれやでいろいろ大変なことがあった。
たとえば、まだやったことのない仕事を依頼され、最初は「無理、無理。ぜったいこんなことやれるわけない」と怖じ気づく。しかし、何やかんやの挙げ句に、やることに(やらざるを得なく)なり、しかしハラをくくるからには、多少は無理しても好き放題にやるぞと心に決める。
当然、大変なことはつぎからつぎにやってくる。が、終わってみれば、「ぜったいに無理」くらいのところを見すえてがんばることが、最終的には大きな成果(そして満足感)に結びつくのだということを実感する。
そんなこんなの一部始終を振りかえるたびに、母のことばを思い出し、そこに含まれる含蓄の深さに思いを馳せることになった。
ことばで経験を煮込む
「ジャッと勢いよくやらないと、キレイな線は出ない」
経験やスキルを積んでいないことに、これから挑もうとするわけだから、あれやこれやの不安要素はいくらでも挙げられる。でも、そうした不確定要素のすべてに予防線を張っていたのでは、できることはかぎりなく狭い範囲に閉じ込められるし、何より面白くない。
そこでハラをくくり、ジャッと勢いよくジャンプする。
もちろん後から(そしてつぎからつぎに)いろんなゴタゴタがあらわれ、その都度、ジタバタと対応せざるをえなくなる。ところが、とにかくジタバタしているうちに、しだいに対応力が上がり、終わってみれば、それなりの経験が積み上がっている。
そして、(すべて終わってみれば)その過程がなかなか楽しいと思える。
そんなつもりで口にしたわけではないとだろうけど、この母のことばには、積み重ねる経験のなかにそうした滋味をジワッと沁みわたらせる力がある。
そういう意味で、これは経験を煮込むことばなのだ。
ことばのスピードと射程
対話の場では、卓球やバスケットのスピード感で、いま・ここで起きていることに即応しないといけないことがあり、そのためのことば(たとえば空気を変えることば)がある。
その一方で、対話の場では、まったく異なるスピード感と射程を持ったことばが必要になることがある。
対話の場ですべてを完結させるのではなく、その後の時間の経過のなかで、意図したメッセージを1人ひとりのメンバーに沁みわたらせることを目的としたことばだ。
対話の場を離れ、参加者がふつうの生活や仕事にもどり、そこでさまざまな経験を積み重ねながら、ときおり思い出しては、ことばの奥のにしまい込まれた滋養に満ちた意味合いを味わってもらうためだ。
カーリングのスピード感で、手を離れたストーンが静かにゆっくりと進んでいき、うんと先にあるストーンに当たり、そのストーンがさらに移動して、他のストーンに当たる。
最終的にどのストーンがどんな位置におさまるのかをあらかじめ決めることはできないけれど、長い時間をかけて、何かしらの変化をうながすことばがある。
すばやくその場の空気を変えることばと、長い時間をかけて経験を煮込むことばをうまい具合に混ぜて使うこと。それが対話の場の豊かさや余韻の長さをつくり出すんじゃないかと思う。
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即断即決、決めたことはやり抜き、間違いだと思うことは相手が誰であってもけっして引かない。
そんな性格の母が亡くなったのは2022年の12月。
「空気を変えるすごいひと言」出版感謝会が開催されたのは、それから1年が経ち、母のあれやこれやを思い返していたタイミングだった。
前の晩につくった煮物にいっそう味が沁みているような塩梅で、「ジャッと勢いよくやる」ことの大事さをあらためて味わっていたから、このことばが最初に頭に浮かんできたのだと思う。
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