藍から白む② 【創作大賞2024応募作品】
【リマ】
ローズマリー、レモン、オレンジ、ライムがブレンドされたエッセンシャルオイルを2滴、アロマストーンに垂らす。
今日は少し調子の悪い日かもしれない。
下腹部が僅かにチクッと痛む。
生理前でもないのに。
排卵が近いからか?
あともう少し、何かの香りが欲しい。
規則正しく陳列された精油を指でなぞりながら、フランキンセンスを手に取る。
新たに足されたその1滴が、アロマストーンの白色をグレーに変えた。
窓際に敷いたヨガマットにあぐらの姿勢で座り、部屋を見渡す。
15畳のワンルームには、必要最低限の家具しかない。
1LDKの間取りは多いけれど、広いワンルームはなかなか見つからなかった。
ホテルステイをするように暮らしたかった。
築年数は古いけれどリフォーム済み。
駅からは遠いけれど、電車の人混みが苦手なので、バス停が徒歩10分にあるこの物件に出会って、すぐに賃貸契約を結んだ。
下部に収納用の引き出しが付いているダブルサイズのベッド、作業兼食事用のテーブルと椅子、天井にほど近い大きめの本棚、全身鏡。
床は元々木目のフローリングだったけれど、白のクッションフロアの素材に張り替えた。
家具も家電も全て白とグレーに統一している。
壁一面のクローゼットには、必要最低限の衣類とバッグ。
下にはキャリーケース、備蓄品、災害時用のリュックが陳列されている。
ミニマリストという言葉が流行る前から、ミニマリストだったように思う。
物と色で頭がごちゃごちゃする。
蛍光灯の光で神経が疲労するので、照明は全て外し、暖色の物に変えた。
心療内科に通い出す少し前からテレビの音が駄目になり、テレビ台ごとすぐに売ってしまった。
目を閉じて大きく息を吸い、丁寧に、ゆっくりと吐いていく。
呼吸が浅い。
十分に息が吐けていない。
何年経っても、瞑想の時間が苦手だ。
早々に瞑想を切り上げ、ゆっくりとしたフローヨガで体を起こしていく。
抑うつ状態が落ちついた3ヶ月ほど前から、健康の為に朝日を浴びるようにしている。
睡眠障害が改善した実感はそれほど無いけれど、セロトニンが少しでも増加すればと、なんとなくこの習慣を続けている。
ウォーリア1からウォーリア2に差し掛かったあたりで気分が乗ってきた。
リバースウォーリア、ダウンドッグ、トライアングルポーズ、ダウンドッグ、橋のポーズ、ガス抜きのポーズ、ボートポーズ、弓のポーズ、チャイルドポーズ、鋤のポーズ。
思うまま、やりたいように動いていく。
最後に屍のポーズをしていると、呼吸が深まった実感があった。
このままピラティスもしてしまおう。
そして今日は、バスに乗らずにデパートまで歩こう。
ピラティスを終えて額から汗が流れた頃には、体も頭もスッキリして強くなった気がした。
爽快だ。
やっぱり人間は、体を動かさないとダメだ。
シャワーを浴びて、オーガニックのローズミストを全身に吹きかけ、深呼吸する。
ローションパックをしながら、グループラインを開き、メッセージを打ち込んでいく。
【おはよー!天気最高だね✨あと1時間くらいでデパ地下寄るけど何食べたい?】
【おはよう♡アイ韓国料理とカルパッチョと甘い系が食べたい♡今日30度まで上がるらしい死ぬ笑シャンパン冷やしてあるよ☺】
アイミからはすぐに返事が来た。
サラはまだ寝ているのもかもしれない。
きっとまたいつものように飲み過ぎ、遅刻してくるのかもしれない。
この天気なら下地とパウダーだけで良いか。
肌を休ませたいし、ファンデはいらない。
洗面台の前に座り、休日用のCCクリームを肌に伸ばしていく。
眉全体にパウダーを乗せ、眉尻だけペンシルで描き足す。
黄みに転ばない貴重な色出しのグレージュアイシャドウを瞼に伸ばし、赤みのあるブラウンのペンシルライナーを目尻だけに引き、シャドウでぼかす。
ラッシュリフトを施した睫毛にマスカラを二度塗りし、コームで丁寧に梳かしていく。
スティックハイライトを手に取り、一瞬考え、ポーチに戻した。
濡れツヤが綺麗で好きだけれど、今日はきっと汗で汚く崩れるだろう。
パウダータイプのハイライトをブラシに取ると、鼻頭、鼻先、cゾーン、眉下、おでこに磨くように塗り、大きなブラシでフェイスパウダーをフワッと乗せ、両手で軽く押さえる。
カシス系のチークを薄く入れ、シアー感のあるボルドーリップを唇に塗った。
今時期のリップは難しい。
深みのあるあざやかな色はお昼には派手過ぎるし、暑い時期にマットな質感は重い。
27歳。
年々化粧が薄くなっていき、若い時のメイクが似合わなくなっている。
きっと私はこのまま順調に老けて、おばさんになる。
なると言うより、店の子からしたら私はもうおばさんだ。
今日はアイミにおすすめの美容医療とクリニックを聞こう。
白Tシャツとブルーグレー系のストレートデニムに着替え、髪をオールバックにまとめる。
全身鏡を見ながらカルティエのネックレスと時計、主張の無いシンプルなピアスをつけ、マルジェラの香水を空中と手首に振った。
クラッチバッグに財布とリップを入れたところで、ラインの通知音が鳴る。
【やばい今起きた急いで準備すり!肉食べたい!あとにんにく料理!お願いします!今日は飲むぜ!!楽しみ!】
サラらしい文章と誤字に軽く吹き出しながら、キッチンへ向かう。
作り置きの入ったガラス容器が並ぶ冷蔵庫内を一瞥し、自家製のキムチを取り出す。
前にサラが食べたいと言っていた。
少しだけ持っていこう。
マンションのエントランスを抜け自動ドアを開けると、生温い、だけど心地良い風が全身を包む。
デパートまで歩いて30分。
自然と頬が緩んでいることに気付き、コンクリートの地面に向きながらサングラスをかけ直した。
https://note.com/ichinokyoka24/n/n78280bfce82f
https://note.com/ichinokyoka24/n/nac641d6d057c
https://note.com/ichinokyoka24/n/n3f934e5b0cbe
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