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「飛び立つ君の背を見上げる/武田綾乃」こじらせ感想
※ネタバレあり
最初に、これはこじらせ感想である、ということを留意していただきたいと思う。
こじらせの理由
こじらせの理由を少し書いておく。まず言っておかなければならないのは私は希美派だということだ。しかし最初から希美派だったわけではない。最初はみぞれ派だった。個人的にみぞれの感情はわかりすぎた。学生時代の自分と重なりすぎていた。昔の自分が共感しすぎて苦しかった。私の顛末は置いておく。私はみぞれ派でみぞれに報われてほしいと思っていた。しかし第二楽章を読んで私は今度は希美に感情移入した。醜い本音を晒して嗚咽を漏らす希美の人間くささが大好きだった。そして今度はみぞれは身勝手だと思った。みぞれは勝手に重い感情を抱いているだけなのに、周りの人は同情し、みぞれに優しかった。語り手がみぞれ派の久美子だからそれが顕著だった。そして世界までもみぞれに優しかった。裕福な家庭、音楽の才能。リズではなく青い鳥となったみぞれは自由に羽ばたいていく。希美に感情をぶつけて自分はすっきりして。みぞれは希美の苦しみを知らない。私はずっともやもやしていた。私はみぞれの感情をわかりすぎていたから同族嫌悪も多分にあった。嫉妬もあった。私は青い鳥じゃなかったから。第二楽章を読み返すたびに「なんだかなー……」となっていた。納得していないわけじゃない。周りの人が、そして世界が、希美に厳しくみぞれに優しいのはそうでなければならなかったと思う。物語として。みぞれが救われないと希美が悪者扱いされただろう。それを避けたのもわかる。「なんだかなー……」はそれでももうちょっと希美に救いがあっても良かったんじゃないか、でもそれは無理か、という感情だ。読了後のこの痛みこそが、すっきりしない「なんだかなー……」こそが、作者の武田綾乃先生の意図したものじゃないかと思っていた。現実の厳しさや理不尽さを伝えているのだと。
「飛び立つ君の背を見上げる」を知って
「飛び立つ君の背を見上げる」の出版を知って私は読むか読むまいか迷った。「なんだかなー……」が晴れるか深くなるか。飛び立つ~でも世界はみぞれに優しく希美に厳しかったらつらい。夏紀視点なので希美に好意的であるとは思うけど、それでも……。迷っていたが武田先生の一つのツイートを見て読む決心がついた。
「飛び立つ君の背を見上げる」の購入報告や感想、ありがとうございます🤗✨
— 武田綾乃 (@ayanotakeda) February 14, 2021
「蛇足にならない、出す意味のあるものを書く!」を目標に執筆したので、楽しんでいただけているなら嬉しいです!
夏紀と優子の趣味の裏設定は初期からずっとあったのですが、今回ようやく作品内で活かせて良かったです😊🎸
「蛇足にならない、出す意味のあるものを書く!」
まさに心配していたところを作者がはっきりと否定してくれていた。武田先生の言葉を信じて私は書店へと走った。
「飛び立つ君の背を見上げる」感想
ここからは感想に入る。最初にも書いたけどネタバレしまくってます。
簡単に言うと、良かった。めちゃくちゃ良かった。読んで良かった。
ぽつりぽつりと感想と考察を書いていく。
傘木希美はツキがない
「傘木希美はツキがない」そうだ。ツキがない。夏紀が感じている「罪」だって「ツキがなかった」とそう片付けてしまえばいいのにそうしないところが痛くて良い。夏紀の罪を希美は少しも気にしていないだろう。あのとき夏紀が部活をやめないでと言ってくれればなんて少しも思わないだろう。それなのに夏紀はずっと罪を背負っている。背負わなくていいものを誰にも、希美にも渡さないと背負っている。私のしたことは何でもないことなんかじゃなかった。「罪」なのだ。夏紀はみぞれと似てると作中で書かれている。こういうところからもそれを感じる。
あの子にとっての特別でありたい。
光芒
光芒を指差し「スポットライトみたい」というみぞれ。「食べられそう」という感想はスポットライトを浴びることに少しも興味がないのだと感じた。地位も名誉もみぞれはいらない。
ポニーテール
希美の象徴のようなものだったポニーテール。夏紀は同じ髪型にした。あとで出てくるアントワープブルーの歌詞を考えるととてもしんどい。
散りばめられた比喩
何も考えずに彼女の背中を追っていたせいで(中略)自分の足はしっかりと地面を捕まえていた。(P21)
なんとも比喩的である。こういう比喩がこの小説の中にはたくさん散りばめられている。このすぐあとにある「誰かによって踏みつけられた雑草」は希美のことだと思うとぞっとする。こういう比喩全てをここで拾っていきたい気持ちはあるがやめておく。
みぞれへ辛辣さ
夏紀はみぞれに当たりが強い、苦手意識を持っていると書かれたのを見たときはほっとした。みぞれを苦手な人間がちゃんと存在している。友達である夏紀がそう感じている。それにほっとした。こじらせた感情である。夏紀はみぞれに対して辛辣だった。感情の重たさに引いていたし希美を縛りつける枷だと感じていた。棘のある言葉がたくさんあった。私の思っていたことすべてを言ってくれていた。武田先生はすべてわかっているのだと震撼した。みぞれ好きな人が多い中で私はみぞれのことがあまり好きじゃない。それはこじらせてるから。私みたいな人のための小説じゃないのかとすら思った。私はみぞれへの辛辣な意見は腹の内にしまい込んでいた。しかし原作が誰よりも何よりも一番辛辣だった。第二楽章ではあんなにみぞれに対して甘かったのに。作者は冷静だ。視点人物によって印象をがらりと変えている。登場人物に入れ込みすぎていないんだなと、そんな点にも私は感動を覚えた。
辛辣な言葉の数々を読んで、乱暴に言えば、溜飲が下がる思いだった。ほっとした部分もあった。私はもうみぞれのことを悪く言わずに済む。なんせ原作がここまで言ってくれているんだから。……こじらせてるね。
夏紀の罪
中学時代の希美、そして夏紀を吹部へ誘った希美のまぶしさは読んでいるこちらも目を細めてしまうほどだ。太陽。光。陰ってほしくないのは当然だ。だから夏紀は希美の背を押した。希美の心が折れたのは翼が折れたと解釈できるだろうか。夏紀は窓を開け放つ。大丈夫、飛んでいけるよ。そんな思いを感じた。ここの描写の純粋さは美しくて泣きそうになった。
美しさからの「罪」という言葉の強さにぞっとした。
夏紀の「罪」は結果論で「罪」なのであり、そのときには最良の選択をしたはずだ。希美も救われたはずだ。「傘木希美はツキがない」は本当にそうでそれが苦々しく痛い。
恋
彼氏の話は単純にいいなと思った。女子高生の何気ない会話として。ユーフォシリーズはまあ一部では百合だのなんだのと言われてるけどそこら辺への作者の否定も感じたり。夏紀がみぞれに「恋とは何が違うん?」と聞くシーンもそう。ここ踏み込むんだ、書いてくれるんだ、と、息を呑んで続きを読んだ。この問いに対するみぞれの答えは作者と解釈が一致していてうれしかった。
アントワープブルーの歌詞
アントワープブルーの歌詞がしんどい。中学時代の夏紀には特定の「君」がいなかったと思う。けれどいつからか「君」に希美を当てはめるようになったんじゃないだろうか。堤防で夏紀はこの曲を希美ただ一人に向けて歌った。それは一つの告白であったと思う。それに対する希美の答えは「いい声やな」だった。いい曲でもなくいい歌詞でもなくいい声。希美は夏紀の感情ではなく夏紀自身を見てる。感情も気付いているかもしれない。夏紀から見て、聡い希美はみぞれの気持ちにも気付いていて気付いてないフリをしているんだろうという文章があった。新しい解釈ではっとした。もしそうだとすれば希美は夏紀の想いに気付いててもおかしくない。しかしそこには触れない。美しいシーンだと思う。
かき消された言葉
希美と夏紀のひまわり畑のシーン、ここも美しい。ひまわりは希美を見ない。ここでの希美は太陽ではないから。「多分――」かき消された言葉は「嫌い」だと思う。第二楽章で希美はみぞれのことを「嫌いじゃない。それだけはほんま」と言った。しかしみぞれから「希美のこと、大好き」と言われたときに不自然な沈黙の後、力なく笑って「私も、みぞれのオーボエ大好き」と言った。「みぞれのことが好き」とは言えなかったのだと思った。好きかつ嫌いが存在すると第二楽章で麗奈がベン図を用いて言っている。希美のみぞれへの感情は好きかつ嫌い。希美のみぞれへの感情を「そりゃ、友情でしょ」と言う優子がとてもいい。武田先生からのアンサーのようにも思えた。
刺さった台詞
「希美を好きな自分は嫌いだった」(P183)
これはちょっと、個人的にぐっときて、ちょっと涙が出てしまった。
翼
飛べるみぞれ。優子。飛べない夏紀。希美。ただし夏紀は優子と一緒なら飛べる。それを踏まえると「飛び立つ君の背を見上げる」の「君」はみぞれと優子のことなのだと思う。しかし夏紀が何度も思ってる「罪」のことを考えてみたい。夏紀はあのとき希美の背を押した。それは希美を突き落としたことになったと思ってるのかもしれない。飛べるはずなのに飛べなくさせてしまった。夏紀から希美へは「飛び立つ君の背を見上げたかった」のかもしれないなと思った。
憧れ
見てみたかった、あの子と同じ世界を。(P272)
あの子は希美のことだとわかる。それと同時に歌詞の「君」が希美のことだと確定する。熱い描写に胸が揺さぶられる。
作りものの傷心
作りものの傷心が、君には隙に見えるだろうか。(P273)
この文章は難しい。初読でわからなくて、読み終わったあとにうんうんうなって考えた。ひとつ前の文章も難しい。うっかり本音をこぼすフリをして、ということはつまりこれは本音ではないと言っている。作りものの傷心。本音に見せかけて歌詞を歌うことによって生まれたもの。今見えてる傷心は意図的に作ったもの。君は誰のことだろうか。歌詞の「君」は希美だ。そしてこの場にいるのは優子だ。しかしどちらと考えてもしっくりこない。「隙」という言葉自体は優子に多く使われているからそれが関係してるのかと思ったが「君には」というのが引っ掛かる。そんな言い方するかなと思って。しばらく考えてもしかしたらこれは読者への言葉かもしれないなと思った。だとしたらここまでいろいろ考えた私は踊らされてるなと。可能性が何パーセントかはさておき、それはそれでおもしろいなと思う。
夏紀と優子
夏紀と優子の関係は本当にいいな。すごく対等で純粋に友情を感じてていいな。
P289の優子の夏紀への言葉は胸が熱くなる。この小説にこんなにも救いがあるとは思ってなかった。最後の最後で救いをありがとう。
以上、感想でした。
最後に
私は4人が一緒にいることがイコール幸せだと思っていなかった。「添い遂げて」なんてすこしも思わなかった。だってそれはみぞれの幸せであって希美の幸せではないから。私は希美はみぞれと距離を置いて、いっそのこともう二度と会わないで生きていく方が幸せなのだと思っていたしそれを望んでいた。
彼女たちは大学生になっても4人で遊びに行くのだろうか。旅行に行くのだろうか。アントワープブルーはメジャーデビューを機に変わった。彼女たちも大学に入って変わるかもしれない。未来はわからない。
飛び立つ側だったとしても、見上げる側だったとしても。それぞれに幸せはある。
彼女たち全員が幸せになることを心から願っている。
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