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物足りなさを分け合って。#文脈メシ妄想選手権

履き慣れない5センチヒールに足がくたくたになった頃、「なんかアイスでも食べなくない?」という彼と休憩がてらにコンビニへ立ち寄った。もうすぐ午後10時を回るコンビニは人気が少なく、店員さんが一人もくもくと品出しをしている。

そのすぐ横を通り抜けて、わたしと彼はアイスのコーナーへ向かう。キンと張り詰めた冷気が漏れ出す棚に手を添えると、アルコールで火照った体が少しだけ冷めていく気がする。

「どれにする?」

「そうだなぁ、あんまり高級そうじゃないやつが良い」

高級そうじゃないやつって、と思ったが確かに同感だった。舌が日常に馴染んだ庶民の味を求めてる。今日の夕食は、それこそディナーなんて呼ぶのに相応しいレストランで食べたから、胃の中が混乱してしまっている。

隣を見ると彼がアイスを吟味しながら、慣れた手付きでネクタイとシャツのボタンを緩めていた。普段会うときはダルダルの私服ばっかりだから、女の子ウケしそうな男っぽい仕草がちょっぴり新鮮に映る。

わたしはどうかな、ちゃんといつもと違って見えているかな。

親戚の結婚式のときに一度だけ着たベージュのドレス。今夜の約束が決まってから慌ててクリーニングに出して、袖を通したときはちょっと気恥ずかしかった。

髪の毛も前もって美容院で整えて、久しぶりに編み込みをしたハーフアップで彼に会ったとき、ちょっと照れた顔が「あ、喜んでる」とわかってしまってさらに緊張してしまった。

「よし、これにしよ」

彼が手にとったのはハーゲンダッツのストロベリー。

「高級なやつじゃん」

「うん、だからその分はんぶんこで」

買ってくる、と言ってレジへ向かったスーツの背中は珍しく様になってる。本当はクリーム系よりもガリガリ君派のくせに。普段は絶対に二つ買うくせに、今日に限ってわたしの好きなものを選ぶなんて、カッコつけちゃって。

付き合ってから3年目のカップルなんて、かしこまったデートよりも行き慣れたお互いの家で我が物顔で料理をしたり、お昼寝したり、寛いだりする方がずっと多いだろう。相手の好みもだいたい把握してきて、らしくないことをするときは何かを企んでるときだってすぐにわかる。

今夜のことを約束したのも、珍しく食後にコーヒーを入れてくれたあとだった。ソファまで持ってきて、並んで飲む微妙な空気感。あのとき「ちょっとやめてよー」なんて茶化さなくてよかった。彼は真面目な話を少しでも茶化されると、すぐ拗ねるから。

一個のハーゲンダッツと一本のスプーンだけが入ったレジ袋を持って外に出ると、ぬるい夜風がスカートをふわりと揺らした。店の駐車場の端っこで、街灯の明かりを頼りに彼がアイスの蓋をパカッと開ける。薄いピンク色のクリームと、真っ赤な苺の果肉のコントラストが可愛らしくも「美味しいよ」と主張してきた。

二人でちょっとずつ、分け合って食べる。口溶けのなめらかなクリームが、背伸びしすぎず舌に丁度いい特別感。

満腹なのにどこか物足りなさを感じていたお腹が、徐々に満たされていくのがわかった。我ながら安上がりだなーなんて思うけど、彼が「甘いな」と言いながらも一緒に唇を濡らしているのにときめいてしまう。今日はなんだかおかしい、きっと慣れないことをされたせいだ。

「いつ結婚するの?」なんて友達に聞かれるくらいマンネリしてきた関係の、いったいどこに決断のキッカケがあったのだろうかと考える。指にピッタリとおさまったものをもらってからずっと聞こうと思っていたけど、これ以上甘いものが降ってきたら中毒になってしまいそうで聞けずにいる。

「あ、ここ大きい果肉がある」

背の低いわたしからでは、彼の手元がよく見えない。ほんと?と首を傾げていると、小さなスプーンがずいっと向けられる。

「ほら、口開けて」

「え、ちょっと外じゃ恥ずかしいって、」

「いいから、溶けるぞ」

スプーンが唇に当たり、仕方なく冷たいものを受け入れる。甘い、というよりは酸味が混ざって初恋のように甘酸っぱい。いや初恋って言えば苺じゃなくてレモンか、とぼんやりした頭で考える。初恋の酸っぱさがレモンなら、苺の甘酸っぱさは何の味だろう。

「ほら、もう一口」

酔いは冷めてきたはずなのに、頭がクラクラしてくる。カッコつけちゃって、なんて茶化す言葉も舌っ足らずになってうまく出てこない。

「そうそう、その顔」

「なに?なんか変?」

「ううん、その顔が見れないと物足りないって話」

表情筋がうまく仕事をしていない顔を褒められて、少し微妙な心持ち。どんな顔よって聞き返す前に、また甘いものが降ってきて口をふさがれてしまった。





こちらの短編は#文脈メシ妄想選手権 に参加しています*


単純に好きなものを書いた。満足はしている。ただ後悔もしている…普段書かないものを書いたから恥ずかしさに埋もれそう。埋まりたい。

アイスクリームがメシに属せるかはちょっとわかりませんが、夜食ということでどうか一つ…笑

楽しかったです。企画してくださった方々に感謝*

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七屋 糸
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