わたしはとってもファニーな鉄道ファン…?
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かもしか大橋を渡った後は国道477号を歩く。歩道部分はたしかに白線は引かれているものの、単なる道の端と呼ぶほうがしっくりくる趣きで、わたしたちは一列でそろそろと歩く。すれ違う自動車はわたしたちの姿をみとめると「まさか歩行者がいるとは」という感じで大げさに避けていく。
森の中の国道を歩いていると、わたしの右足を何かがかすめたのが視界に入った。長くてするりとしたもの。心臓がばくんと脈を打つ。間違いなく、ヘビだった。しかしヘビも驚いたのか、全身を見せずに茂みのほうに逃げていった。後ろを歩くたかやまさんを見ると、ヘビが行った方向を睨んでいる。
振り返ったわたしに向かって、たかやまさんが唇に人差し指を当てた。幸い、いちがやさんは歩きながらスマホを眺めていて(歩きスマホはやめましょう)、わたしたちの動きにもヘビにも気がついていないようだった。
13時45分に目的地の温泉施設、希望荘の入口に着いた。
いちがやさん
「三重県勤労者福祉センター希望荘。ちょっと名前がゴツめだね」
ささづかまとめ
「でも一般の人も温泉入ったり泊まったりできるところなんです」
たかやまさん
「行こう。建物までまだ距離あるから」
敷地内のアプローチ道路を歩く。自動車が何台かわたしたちを追い越していく。人気のある施設らしい。
建物に入ると、正真正銘、ホテルのロビーだった。わたしの予想よりもちゃんとした施設で面食らう。スタッフのお兄さんとすれ違う。礼儀正しくお辞儀をしていくスタッフのお兄さんの目は、微妙にこの立派な施設に場違いな雰囲気のわたしたちのことを一瞬探ったような気がしたが、わたしの被害妄想だったかもしれない。
わたしはフロントに声をかける。日帰り温泉の利用を申し込もうとするとフロントのお姉さんが
「あちらからケーブルカーに乗っていただいて、大浴場の受付で直接代金をお支払いください」
と言う。
いちがやさん
「ねえ、あの人ケーブルカーって言った?」
フロントを離れたわたしにいちがやさんが尋ねる。
ささづかまとめ
「はい。ケーブルカーって言いましたね」
わたしはにやにやが止まらない顔をがんばって元に戻しつつ、ロビーを進んでさっき入ってきた側と反対側から外に出る。ウッドデッキになっていて、屋外用のソファが置いてあったりする。そこから屋根のついた通路がのびて、その先にケーブルカーのりばがある。
デッキからケーブルカーの立派な設備が見えた。高台に位置しフロントのある平成館と、崖下に位置し温泉と客室のある昭和館を結んでいる。
いちがやさん
「えっすごい、なんか思ったよりちゃんとしてる」
たかやまさん
「これがさーさちゃんの目的。今日一番来たかったところ」
いちがやさん
「そうなの? これがメインなんだ?」
ささづかまとめ
「まあ実質ただの斜行エレベーターみたいなものなんですけどね」
いちがやさん
「……なんか本人は微妙に冷めてるけど?」
たかやまさん
「おかしい。昨日まで『ケーブルカー楽しみですねー! はわわ〜』って言っててちょっとうっとうしいくらいだったのに」
たかやまさんがあっけらかんと言う。ちなみに「はわわ〜」なんて人生で一回も言ったことないです。たぶん。
ささづかまとめ
「いえいえ、これでも楽しみなんです。私有地の中にあるケーブルカーなんてすごく珍しいですから」
そう言ってわたしはじっと待つ。
いちがやさん
「で、乗らないの?」
ささづかまとめ
「先客がいるので、ここは時間調整して次に乗りましょう」
ちょうど一組の父子がケーブルカーを呼び出しているところだった。
いちがやさん
「ああ、今日もさーさちゃんは鉄道ファンやってるね」
いちがやさんはそう言って苦笑する。そう、そう、いちがやさんの言うとおり。理由なんてただひとつ。わたしは鉄道ファンなのだ。だから客なんてわたしたち以外にひとりもいないのがいい。独占したいし貸切みたいになったら最高ってこと。そのとおりっ!
ささづかまとめ
「って、そうじゃないんです! わたしはみんなと鉄道を分かち合いたいですよ? 普段だって、自分以外の鉄道ファンが同じ車両に乗ってるとちょっとがっかりするなとか、人目がないのをいいことに閑散路線のボックス席でいちゃついてるカップル絶滅しないかな、なんて思ったこと一度もないですからね? いつもみんな乗ってくれてありがとうって思ってますよ? だから別にあの父子と同乗したって全然かまわないんです。拒んでないです。でもほら、ケーブルカーきっと狭いですし。そういう理由なのであって、その、ちがうんです!」
いちがやさん
「……これってツッコミ待ちなんだよね?」
たかやまさん
「だいぶ重症だ」
ふたりは顔を見合わせてそう言った。
ささづかまとめ
「ふん、じゃあ乗りますよ、あの父子といっしょに乗りゃあいいんでしょう!」
いちがやさん
「ごめん、冗談。大丈夫だから。急いでないし、ゆっくりでいいよ?」
たかやまさん
「さーさちゃんのやりたいようにすればいい」
たかやまさんが無表情で放ったいろんな意味にとれる言葉がわたしのメンタルにぐさりと刺さって非常ブレーキをかける。調子に乗りすぎただろうか。もしかしたらたかやまさんを置いてけぼりにしてしまったかもしれない。突放禁止、突放禁止…。
不安になってたかやまさんの微妙に冷たい両手を握ったりしていると、たかやまさんが唐突に「行った」と言う。ケーブルカーのりばを見ると父子の姿が消えている。場内進行!
ささづかまとめ
「さあふたりとも、乗りましょう〜!」
わたしは通路を進む。後ろをふたりがついてくる。
いちがやさん
「なんだかんだ言って楽しみでテンション高いだけなのかな」
たかやまさん
「うん。たぶんそう」
背後でふたりが笑いながらこそこそと話しているが、なんだかすごく恥ずかしくなってきて、振り返ることはできなかった。
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