行為の4つの制約原理について:法、社会規範、市場、アーキテクチャ
今回は、レッシグが提唱している行為の4つの制約原理について簡単に見てみます。具体的には、法、社会規範、市場、アーキテクチャです。
提唱者のレッシグは憲法学者です。彼の基本的な発想は、多くの法律実務家と同様に古典的な「自由」を重視していると考えられます。レッシグの主張はコントロールの及ばないと思われたサイバー空間からコントロールの及んだサイバー空間への変化に対する問題意識に基づくものであり、後者における自由の在り方を模索したものといえます。他人に管理されていくサイバー空間の中でもう一度自由を再生することが彼の問題関心ということです。
そして、彼が特に関心を寄せるコントロールの手段が「コード」=ソフトウェア+ハードウェア=アーキテクチャです。彼は法と同列の規制手段として「コード」を持ち出します。「コード」は物理環境ですが、法と同様に必ず誰かが何らかの意図や価値観をもって構築したものです。そこで、レッシグは「コード」に対する市民側のスタンスをどのようにとるかということを論じようとします。その考え方として持ち出されたのが、次の4つの制約原理です。各制約原理は相互に関連し合っており、具体的な事案に応じてこれらのウェイトを調整することにより、自由な社会をつくっていくことを提案していると捉えることができます。
制約原理1:法
法は、公権力による制裁を行為の制約方法に用いるものです。たとえば、日本法における窃盗罪(刑法235条)は、「他人の財物を窃取した者」という条件を満たした場合には原則として「十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処」されることを規定しています。「懲役」は強制的に自由を奪うもの、「罰金」は強制的に財産を奪うものですので、いずれも誰もが嫌がると考えられる不利益なことです。このような不利益があることを知っていれば、他人の財物を窃取しようとは思わないでしょう。他人の指輪を盗めば窃盗罪で処罰する(そして処罰されるからそのような行為はしない)といった形で、法は人々の行為を制約するのです。この制約の程度は行為者の内面に法が根付いているかどうかに依存します。
なお、現実には、次に述べる社会規範とも重なってくることが多いでしょう。というのも、違法な行為とされれば社会規範としても好ましくないものと受け取られていくからです(たとえば、法定犯の自然犯化)。あるいは逆に、社会規範として好ましくないものが法律で規制されるということも起こります。
制約原理2:社会規範
社会規範は、周囲の人々の「目」による制裁を行為の制約原理として用いるものです。たとえば、他人の指輪を盗めば、周囲の人からは「泥棒だ!」と叫ばれ、遠ざけられてしまうでしょう(たとえば、「村八分」)。また、別の教室事例をあげれば、日本で赤信号の歩道を渡ろうとすれば白い目で見られるので、あまりやろうとは思わないはずです。しかし、外国では平気で渡っていたりしますから、これは一種の文化や慣習の差といえるかもしれません。このように、どういった共同体に属するかにもよりますが、「望ましい振る舞い」(善き生き方)というものがその共同体内で共有されていると、周りの目を気にすることになって行為の制約となるのです。
前述のとおり、社会規範と法とは重なってくる場合が多く、法と同様、不利益をどの程度感じるかという点で実効性の程度が変わってきます。もっとも、法と社会規範とは制約を課す主体がコミュニティか公権力かで異なります。
制約原理3:市場
市場も行為の制約方法のひとつです。具体的には、価格という形で人々の行為を制約します。たとえば、指輪を買いたい人がいたとして、その指輪の価格が高いか低いかによって、その指輪を手に入れようとするかどうかが変わってきます。価格が1億円であればその指輪を買うという行為に出る人はかなり少なくなるでしょう。このように、価格が高いことは行為の制約になるのです。
市場自体は、前に述べた法や社会規範、次に述べるアーキテクチャと関係する度合いが大きいものです。法であれば自由市場への規制、社会規範であればブランド、アーキテクチャであれば購入画面など、様々な関わり方があり得ます。そういう意味では、ほかの制約原理からの独立性が低いともいえます。また、市場での取引は、法や社会規範の文脈の外では存在しえないとされます。
制約原理4:アーキテクチャ
アーキテクチャとは、操作可能な物理環境をいいます。もともとは建築用語から派生した情報技術に関係する用語で、現在では操作可能な物理環境一般に意味が広げられています。たとえば、指輪を金庫に入れて鍵をかけておくこと、この場合の防犯装置全般がアーキテクチャです。他人が外から物理的に指輪を取り出せないという点で行為の制約となります。
アーキテクチャは、制約方法としては最も強力で独立性が高いものです。必ずしも人々にその存在を認知させる必要がなく、主観化の度合いが制約の程度に影響を与えないということも大きな特徴です。このような意味で、アーキテクチャによる制約は自己実施的であるとされています。簡単に言えば、法や社会規範とは異なり、行為者が気付かなくても行為の制約となりえるということです。
まとめ
法や社会規範、市場は人間の意識に対して働きかける制約であり、個人や集団がそうしようと決める際にのみ効力を持ちます。つまり、前提として、制約を加えられる行為者がその制約内容を知っている必要があります。これに対して、アーキテクチャによる制約は行為者がその制約内容を知っているかどうかにかかわらず機能するという点に特徴があります。
まだ作成途中ではありますが、4つの制約原理をまとめた表を共有します。
これら行為の4つの制約原理を用いて、いかに「自由な」社会をつくっていくかを考えていくことになります。