微意 ChapterⅠ④(連載推理小説)
ご遺体は即死のようだった。
美しいワイン色のドレスを着込み強く打ち付けた頭部からは致命傷となった激しく滲み出た血液と同化している。
屋上からはご遺体のものとおもわれる靴が屋上から綺麗に並んで残されてあった。
「死後硬直からして約6時間は経過していますね」
悲惨なご遺体を目の前に零華は辺りに居ては近寄って眉間に皺を寄せている。
「零華さんは会場に戻っていた方がいい。もうすぐ警察も来るし早々に引き渡して退散しようじゃないか。なにしろ遺体なんて一般人がじろじろ見るものじゃないさ」
零華は遺体を目の前に口角を上げてNOと言わんばかりに僕に手を差し出した。
「柊斗先生、わたくしは日頃からよく遺体とは脳で対面しています。ご心配無用ですわ」
手の先で宙に遺体をなぞってからそこに手を止めた零華はサークルをまた宙に描き始めた。
「柊斗先生、ご遺体の右手、なにかを握っていますわ」
よくみると支配するかのように血がサークルを描く様に拡がるその中に遺体の右手が置かれてあった。
「こちらです」
ホールスタッフに連れられて来たのは警察の人間だった。
「いや~、こりゃ酷い」
その人は遺体に手を合わせてから僕に向き直った。
「私は警視庁捜査一課の安武という者です。あなたは? 」
僕も会釈をして直した。
「僕は都内でクリニックを営んでいる医師の藤井柊斗と申します。今日はこのホールで行われるオーケストラを鑑賞しに来てたところだったのです。ここのスタッフさんから来てほしいと言われまして来たところ、…… 恐らく即死でしょうね。死後6時間程と思われます」
「ご遺体の損傷具合からしてそうでしょうな。いや~、助かりました。あとはこちらでやりますんで。先生、ご苦労様でした」
「右手…、気になるんですが。何かもってますか? 」
安武刑事は右膝をついて右手を広げた。
手の中には小さな翡翠石のクラスターがひとつ、握りしめてあった。それをみた野次馬…… もとい、ステージ衣装を身に纏っている群衆、恐らくこれから演目を披露するであろうオーケストラ団体とおもわれる人たちが、なにやらざわついていた。
「あれって大井指揮者の大事にしていた翡翠じゃない? …… 」
こうもしているうちに救急隊やらが到着して現場は慌ただしくなった。
零華は今も宙で遺体の右手をなぞる。
そして独り言を繰り返していた。
「翡翠に血を飲ませる…… 飲ませる…… 」