
微意 ChapterⅠ③(連載推理小説)
悪魔の雄叫びが聴覚を渡り身体全体に行き渡ると雷鳴がそれを伝う。
鉛が心臓に打たれるような衝撃と震える涙。
前述のすべては零華の診療記録から抜粋したものである。
振り子時計は夕刻五時四六分を指していた。
ホールスタッフが慌ただしくしていた。靴の音が足早くに響く。
「お客さまでお医者様いらっしゃいませんか」
何事か、と、もしや、が入り混じり僕が声を掛けた。
「なにかご入用でも? 」
「お医者様ですね? ショーホールの扉の前で女性が倒れているのです。診ていただけましょうか? 」
ホールスタッフに案内されて行くと、複数人に囲まれて見覚えのある女性が気を失って倒れていた。
「零華さん、僕がわかりますか? 」
脈は正常、息もしている。いつものショック症状だった。
「この女性は私の連れです。横にさせたいのでどこか休めるところはありますか? 」
ホールスタッフは医務室へと案内してくれた。
零華をベッドに寝かせて僕は溜息をついた。
顔色は色白だが蒼白ではないのでおおよそ大丈夫だろう。
ショックで低血圧を一時的に引き起こしたものだと思われる。
オーケストラ演奏は夜7時からだから、零華の体調も含めもしかしたらお座成りになるかもしれないが、それもしょうがない。
いつ如何なるときもなんかしらのハプニングを想定していることが医師の役目でもある。
零華の髪の流れに手を沿わせ、パンフレットを開いた。
主役の指揮者とピアニストが顔を連ねていた。
指揮者、世界的賞を総なめにした有能ピアニストの名目されたオーケストラだった。
他にもバイオリニスト、各奏者とそうそうたるメンバー構成だった。
ページを捲る頃、駆ける足音と共に医務室のドアが力強くノックされた。
「失礼します。先生、ホールの上層階から飛び降りた人がいるようで血が沢山出ていて、どうしたら良いのかわかりません。とりあえず来てください」
ホールスタッフが血の気の引いた顔で絞り出した内容は僕を困惑させた。
確かに僕は医者だが、専門ではない。
「柊斗先生、行きましょう」
零華が天井を見つめながら確かな声で言った。
「零華さん、いつの間に目が覚めていたんだい? 大丈夫なのかい? 」
「わたくしはもう大丈夫です。心配をかけて申し訳ありませんでした。行きましょう。ね、柊斗先生」
パンフレットを閉じ促されたまま僕はホールスタッフへと声を掛けた。
「救急車と警察への連絡をしてください」
実はこの頃には既に零華の電子媒体に前述の詩が存在していたんだ。
記録のところには作成した年月日と時間が残される。
便利になったようで電子に管理されていること、そう、束縛されているような複雑な心境を僕らは持ち合わせる、狭間だ。