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能登地震における偽情報の誇大報道に関するメモ

このところ「偽・誤情報が問題なのではない」ということを調べていて、能登地震での報道の誇張は度が過ぎているのではないかと思い始めた。まだ、まとまっていないので備忘録代わりにメモを残しておく。
【2025年1月8日更新】新しく集計した結果やグラフを追加しました。
【2025年1月9日追記】新しい資料を発見したので追記しました。
【2025年1月8日追記】偽・誤情報以外の情報の詳細を追記しました。
【2025年1月15日追記】データ収集日を追記しました。


1.災害時のX(twitter)の傾向

傾向と言っても、数例しかないので一般化できるほどではない。
東日本震災の時の拡散の傾向は東大の鳥海不二夫氏がまとめている。

Information Sharing on Twitter During the 2011 Catastrophic Earthquake、 https://dl.acm.org/doi/10.1145/2487788.2488110
なお、表は上記論文の中の表を鳥海不二夫本人が日本語化したものを使用した。
ソーシャルメディアにおける災害情報、 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasdis/16/2/16_139/_article/-char/ja/

公的機関からの情報や大手メディアなどからの情報の拡散がもっとも多く、次いでデマを抑止する市民の投稿の拡散、それからその他(偽・誤情報を含む)と言えそうだ。
福島県沖地震でもこれと同様の傾向が見られた。

福島県沖地震後にもっとも拡散した外国人関連ツイートは、ヘイトではなく安全情報だった、 https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2021/03/post-20.php

能登地震においては地震に関連した投稿総数の情報がない。当時、ヤフーで確認したものは下記で約300万だった(30日間の合計)。おそらく「地震」という言葉を含まない投稿も多かったと考えられるので実際には数倍の投稿があった可能性がある。

これに対して人工地震は約9万件(30日間の合計)
なお、ヤフーのリアルタイム検索には。NHKは25万件の投稿という報道( https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240102/k10014307161000.html )をしていたが、これはリポストを含んだ数だろう。

NICTによると救助要請は16,739件、うち偽の救助要請は1,091件だった(発生後24時間)。およそ10%となっている。これを多いと見るか、少ないと見るかは難しい。楊井人文氏が「地平」(2024年12月号、
ネット空間の検閲を望んでいるのは誰か 上)で総務省消防庁に開示請求した結果、偽の救助要請が救助活動の妨げになったという文書は存在しないことを確認している。偽の救助要請は許されることではないし、問題であるのは確かだが、深刻な実害を出してはいないと考えてよいだろう。

2.【2025年1月9日追記】総務省の資料では偽・誤情報の投稿数は桁違いに少なかった

総務省の「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会用」に2024年2月27日に提出された資料「令和6年能登半島地震におけるデジタル空間の偽誤情報流通状況の報告」には偽・誤情報の統計数値が報告されている。こちらの資料にはデータ収集日がなかったが、公開日から考えると1月中旬くらいではないかと推察する。また、可能性としてフルアーカイブを使用していることも考えられるが、こちらについても明記されていない。
この資料には、2024年1月1日14時から1月3日23時までの間の”地震”という言葉を含む投稿、偽の救助要請、人工地震、原発、窃盗団を含む投稿数の1時間ごとの増減の折り線グラフが掲載されている。
資料の21ページに掲載されているグラフの元となった数値はないが、地震に関する投稿の目盛りの最大が70万であるのに対して、それ以外の偽・誤情報の投稿数の最大は人工地震に関する7千件程度で、それもごくわずかの期間だ。人工地震以外で2千を超えるものはない。つまり、偽・誤情報の投稿は桁違いに少ないことが一目瞭然でわかる。
また、いわゆる海外からのインプレゾンビ(日本語使用者以外の複製投稿)は約4千件であり、地震に関する投稿全体と比較するとかなり少い。
調査期間の”地震”という言葉を含む投稿の合計は230万件。前項の30日で300万件のおよそ7.7%。これに30日間の人工地震の投稿数を乗じると6.9万件となり、割合は約3%だ。他の偽・誤情報は合計してもせいぜい数%程度と考えられるので、合計して5〜6%だろう。奇しくもアメリカでの情報流通全体に占める偽・誤情報の割合とほぼ一致する。

なお、Xで検索したところ拡散した投稿の上位(リポスト1万以上)の投稿の中に偽・誤情報は存在しなかった

3.【2025年1月8日追記】Xで検索した地震発生24時間以内の投稿と閲覧数

最初にこの記事を書いた後で1月8日に、再度検索ワードを調整し、「"能登" OR "地震" OR "津波" OR "石川県" OR "災害" OR "震災" OR "輪島市" OR "救助" 」とし、リポスト数1万以上を検索した。その結果、57件の投稿が該当し、合計リポスト数約212万件、閲覧数約5億5千件となった。内訳は下記。
ちなみに能登地震のさまざまな報道や資料でこの種の全体を俯瞰した数値やグラフを見たことがない。全体の中での割合を把握せずに影響度や優先度を判断できないと思うのだが……。

もちろん、すでに問題となった投稿が削除されている可能性もある。
なお、57件の中に偽・誤情報はなかった。
これは限定された検索ワードにヒットしたリポスト数1万件の投稿に限定している。そのため、全体の閲覧数は5億を大きく超えるのは間違いない。

一方、報道では閲覧数をあげているものが多い。いいね、リポストよりも数が大きいのでインパクトがあると思っているのだろう。前掲のNHK報道では人工地震で閲覧が850万としていた。それ以外の報道では偽情報は取り上げているものの、閲覧数100万を越えるものはひとつか、ふたつしかなく。多くはそれ以下だった。偽・誤情報が全体に対してかなり低い割合であったことは確かだ。

4.【2025年1月14日追記】AIの忖度で偽・誤情報は深刻な問題だったと報告される

報道した方々は少なくとも偽・誤情報が他の投稿より多かった、実害を出したなどが確認、検証できていないことを知っていた(数件の事例やわずかな統計のみ)。しかし、災害時の偽・誤情報ネタは出したいので、「相次ぐ」あるいは比較対象を示さないで「多かった」、「可能性がある」といった言い逃れできる表現を用いていた。
正直、どうみても「偽・誤情報が高い割合を占め、大きな影響と実害をもたらした」という印象を与える。でも、きっと報道関係者はそんなつもりはないと否定するだろう。
しかし、AIは違う。AIは偏りを増幅する傾向があり、内容をわかりやすくまとめる。そのため、いくつかのAIに訊ねたところ、偽・誤情報は多かった、深刻な影響が出たと平気で答える。
AIに偽・誤情報を訊ねた時、誇大報道の真意に忖度した回答が帰って来ることになり、偽・誤情報が再生産される。

5.偽・誤情報は優先すべき問題なのか?

能登地震では偽・誤情報が問題とされているのだが、割合としては少なく、よく話題になる救助要請については大きな問題にはなっていなかった、ということらしい。このように見てくると、ほとんどの報道は誇張されたもので、受け手に「偽・誤情報は深刻な問題」と誤認させるものだったと言えそうだ。少なくとも報道された数字の範囲ではそうなる(人工地震で1千万閲覧を超えるものは報道されていない。私は見つけたけど)。
日本テレビの報道( https://news.ntv.co.jp/category/society/6f71c97a452142f5819b814b9a72464f )ではSNS上の投稿を分析する会社(専門家ということなのだろう)のコメントとして、救助要請数千件のうちほんとうの救助要請は10件程度といった情報を流していた。
能登地震の偽・誤情報に関する報道では、偽・誤情報について「不安を煽る」、「救助活動や円滑な復旧・復興活動を妨げる」といった表現が用いられていたが、誇大報道の方が不安を煽り、正確な情報の共有の妨げになっていた可能性がある。
また、能登地震では個人の発信する情報の閲覧が多かったことから、公的あるいは大手メディアがその情報ニーズを率先してとりあげた方が効果的だったかもしれない。偽・誤情報よりもはるかに大きなシェアを持つ情報を効果的に拡散する方法を考えることは重要だろう。すでに地震発生時点において、閲覧シェアの高い情報を個人が発信し、デマなど抑止していたのだから、現在対策の要のひとつとなっているリテラシー向上の優先度は低めてもよいような気がする。

もちろん、災害時の偽・誤情報が問題なのは確かだが、優先すべき問題なのだろうか? たとえば救助要請ではSNSのような民間企業のサービスではなく、インフラとして整備すべきだろう。また、偽・誤情報よりも公式発表や大手メディアの方がはるかに多く拡散、閲覧されているのだから、そちらの精度や透明性、アクセスしやすさを改善した方がいいだろう。たとえば災害時に公式発表や大手メディアの情報を中心に流すアプリがあってもよい。SNSの投稿からそのままそのアプリに移行できれば便利だ。偽・誤情報対策を行うより、そちらの方がよほど役に立つ可能性がある。なぜなら公式発表や大手メディアの投稿を見る人の方が偽・誤情報を見る人よりも多いのだから。
また、SNSは偽・誤情報の温床となっており、おそらくSNSプラットフォームは本気で改善する気はない。Xからリポスト機能を取り除くだけで状況は一変するはずだが、絶対にやらないだろう。しょせんは民間事業者の信頼性の低いサービスにすぎない。そもそもそこに依存しようとするのが間違いだと思う。

公式発表や大手メディアに問題はないわけではない。たとえばここで書いたように、誇張したニュースや偏向したニュースはたくさんある。偽・誤情報よりもそちらを先に直すべきだ。繰り返しになるが、そっちの方がよく閲覧されているのだから当然だ、と思うのだけど、なぜか官公庁も専門家もそうは考えないらしい。

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