フェイクニュースが蔓延し大きな影響を持っているという神話 #偽・誤情報の神話 #3
「誤・偽情報対策を見直すために読むべき論文や記事のガイド」( https://note.com/ichi_twnovel/n/n06d3fda04ac2 )で紹介したDan Williamsの偽・誤情報にまつわる神話をデバンキングするシリーズ。神話は全部で5つ。
1.私たちは前例のない「偽・誤情報の時代」あるいは「ポスト真実」の時代を生きている
2.偽・誤情報を特定するのは政治的に中立な仕事である
3.フェイクニュースは蔓延し、大きな影響力を持つ
4.人々は偽・誤情報に簡単に騙される
5.偽・誤情報は、大衆の誤った認識の主な原因である。
今回はその第3話「フェイクニュースが蔓延し大きな影響を持っているという神話」という神話がテーマだ。つまりは、フェイクニュースはオンラインにあふれていないし、重大な結果ももたらしていない。
Debunking Disinformation Myths, Part 3: The Prevalence and Impact of Fake News
https://www.conspicuouscognition.com/p/debunking-disinformation-myths-part-c7f
●概要
2016年以降のフェイクニュース/誤報に関する初期のパニックの多くは、技術的には「フェイクニュース」と呼ばれる、本物のニュースを模倣するように作られた捏造ニュースに焦点を当てていた。
捏造されたものであり、簡単に論破できるため、フェイクニュース/誤報として分類すれば論争は少なくなる。
・現実と認識の乖離
一般市民はフェイクニュースが蔓延しており、政治的な結果を形作る上で大きな影響力を持っていると考えるようになった。例えば、2019年の世論調査では、51%のアメリカ人がフェイクニュースを「今日のこの国における非常に大きな問題」と考えていることが分かった。この割合は、暴力犯罪(49%)、気候変動(46%)、人種差別(40%)、不法移民(38%)、テロ(34%)、性差別(26%)について同じように考えている人々よりも高い。2018年の調査では、アメリカ人はSNSで目にするニュースの65%が誤報であると考えていることが示されている。専門家層も、フェイクニュースの蔓延と危険性について同様の見解をしばしば示している。
しかし、オンライン上のフェイクニュースに対するこの警鐘的な見方は、少なくともよく研究されている西洋の民主主義国(「グローバル・ノース」)に関しては、科学的根拠に裏付けられていない。
たとえば下記。出典は、「出典」の2016年選挙を参照。サイエンス誌などメジャーンなジャーナルに掲載されたものもある。
・2016年の選挙期間中に、平均的な米国市民が目にしたフェイクニュースはわずか1.14件。
・2016年の選挙期間中に、75%国民はフェイクニュースのウェブサイトを訪問しなかった。
・2016年の選挙期間中のTwitterでは、フェイクニュースはニュース消費全体のわずか6%。
・人々が消費するメディア全体(テレビニュースなどのオフラインコンテンツを含む)に占めるフェイクニュースの割合は平均で0.15%。
ほとんどの人はフェイクニュースにほとんど遭遇しないが、少数派は多くのフェイクニュースに遭遇し、それが平均値を押し上げる。少数派は意識して陰謀論などを探しているのだ。しかし、「学術研究の結論は明らかである。誤情報への接触は、人々が得る情報の割合としては低く、ごく少数に集中している。しかし、この現実がソーシャルメディアに関する公の議論に反映されていない」(Misunderstanding the harms of online misinformationより、出典参照)のだ。
原因はいくつか考えられる。
主流メディアは、競合となったSNSに警鐘を鳴らし、信用を失墜させようとする明白な動機を持っている。また、「フェイクニュース」は、複雑な問題を魅力的かつ簡単に説明できるため、より深い社会的、政治的、経済的、文化的な要因に言及することなく指摘できるので専門家にとって便利だ。さらに、一般的に人は脅威の蔓延や危険性を誇張しがちであり、特にそれが新しい魅力的なテクノロジーに関連している場合にはその傾向が強い。
という話をするとさまざまな反論がくる。典型的なものは下記。
・メディアや専門家の反論 騙しの統計
メディアや専門家がよく使う手口は、記事を見た人の数だ。フェイクニュースを見た人が100万人いたといったニュースや指摘をよくする。しかし、これはミスリードだ。全体について言及しなければその数の意味は評価できない。
たとえば、「2016年の米国大統領選挙前に、ロシアのトロールが作成したコンテンツがFacebookを通じて1億2,600万人もの米国人に影響を与えた可能性がある」というとすごく聞こえるが、トロールのコンテンツは全体から見ると0.004%にすぎない。
・メディアや専門家の反論2 定義を広げる
もうひとつの手口は、言葉の定義を広げることだ。フェイクニュースはdisinformationの一部にすぎないと言って、より広義のdisinformationを持ち出してくる。定義が広がれば遭遇する確率もあがるのは当然だ。しかし、広げれば広げるほどとふつうのニュースとの区別がどんどん曖昧になってくる。
・メディアや専門家の反論3 少数に届くだけでも効果がある
フェイクニュースは、大勢の読者や視聴者に届かなくても劇的な影響を及ぼすことができるという異論もある。例えば、選挙は僅差で決着することが多いが、フェイクニュースは少数の人々を説得するだけで劇的な政治的影響を及ぼすことができる。あるいは過激な少数を煽って暴動を起こすこともある。この主張はもっとらしいのだが、問題はその少数派はフェイクニュースに触れる前からその傾向があったのであり、フェイクニュースの影響でそうなったのではないということだ。
「因果関係の問題を考えるには、より反事実を考慮する必要がある。SNSが、暴力的な抗議活動やワクチン反対運動を、偽・誤情報が存在しなかった場合よりも深刻化または蔓延させる原因となっているかどうか、という問題である。この問題に対する答えは出ていない」(Misunderstanding the harms of online misinformationより、出典参照)
また、この場合、モット・アンド・ベイリー誤謬(motte-and-bailey fallacy)に陥っていることが多い。「オンラインのフェイクニュースの脅威について極端な主張」が「ベイリー」であり、例えば、世界経済フォーラムは、今後2年間の世界的なリスクをまとめたグローバルリスク報告書で、軍事紛争や核戦争、経済的破綻などを差し置いて、偽・誤情報や誤情報が今後2年間の世界的なリスクのトップに挙げた。根拠がないと指摘すると、「ネット上のフェイクニュースが時に有害な結果をもたらすのは明らかだ」という「モット」が返ってくる。フェイクニュースは状況によっては危険なこともあるのは確かだ。だからこそ、その広がりや特徴について、根拠に基づく正確な、つまり、過剰な警告ではなく、根拠に基づいた理解がより重要なのだ。
・メディアや専門家の反論4 グローバルサウスを引き合いに出す
フェイクニュースは比較的まれであり、主に特定の層に訴えかけるものだと指摘すると、その分析は「グローバルノース」の研究に基づくもので、グローバルサウスを無視していると反論する。それはその通りだが、それは反論というよりは、より研究をしなければならないということでしかない。
・メディアや専門家の反論5 イーロン・マスクを引き合いに出す
オンライン上のフェイクニュースの蔓延に関する調査研究は、ほとんどがイーロン・マスクによるTwitter買収以前に行われている。マスク自身が時折フェイクニュースを投稿していることや多くのアカウントを復活させたこともあり、フェイクニュースは以前よりも蔓延している可能性もある。ただXの影響力は国による違いも多く、必ずしも世界的に影響があるわけでもなさそうだが、こちらも研究が必要だ。
●ウェビナーのお知らせ
「なぜ、偽・誤情報が問題なのか?」批評家の藤田直哉先生とお話しします
https://us06web.zoom.us/webinar/register/1817243576953/WN_qvR-VqjlQPq-z4x3HptPxw
「偽・誤情報対策、デジタル影響工作などのおさらい」中露イランなど攻撃側が戦略的に活用していて、防御側はほとんど活用できていない重要な要因を軸にこれまでの経緯と今後および対策をご紹介します。
この要因は英暴動でも有効だったことがわかっているだけでなく、日本においても効果的な抑止につながっていたと考えられます。しかし、なぜか取り上げられることはほとんどありませんでした。
https://us06web.zoom.us/webinar/register/2117246103667/WN_FQonBxFqTHySeIfEmAJBfQ
●出典
・2016年選挙
Social Media and Fake News in the 2016 Election、Hunt Allcott、Matthew Gentzkow、JOURNAL OF ECONOMIC PERSPECTIVES VOL. 31, NO. 2, SPRING 2017
https://www.aeaweb.org/articles?id=10.1257/jep.31.2.211
Selective Exposure to Misinformation: Evidence from the consumption of fake news during the 2016 U.S. presidential campaign、Andrew Guess Department of Politics Princeton University、Brendan Nyhan Department of Government Dartmouth College、Jason Reifler Department of Politics University of Exeter
January 9, 2018
https://about.fb.com/wp-content/uploads/2018/01/fake-news-2016.pdf
Fake news on Twitter during the 2016 U.S. presidential election、NIR GRINBERG、 KENNETH JOSEPH、 LISA FRIEDLAND、 BRIONY SWIRE-THOMPSON、 DAVID LAZER
25 Jan 2019
https://www.science.org/doi/10.1126/science.aau2706
Evaluating the fake news problem at the scale of the information ecosystem、JENNIFER ALLEN、 BAIRD HOWLAND、 MARKUS MOBIUS、 DAVID ROTHSCHILD、 DUNCAN J. WATTS
3 Apr 2020
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.aay3539
・Misunderstanding the harms of online misinformation
、Ceren Budak, Brendan Nyhan, David M. Rothschild, Emily Thorson & Duncan J. Watts、05 June 2024、
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07417-w
上記の日本語での紹介
https://note.com/ichi_twnovel/n/nc5502500a838#22739fac-a01c-42a7-bb70-63690d597f89
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