偽情報の研究から企業、行政、メディア、市民団体にある分断を描いたレポート
偽情報、認知戦、デジタル影響工作などの研究は社会の分断を扱うことが多いが、その研究が活用されるまでにさらに分断がある。ナイト財団は2019年にデジタルメディアと民主主義の分野の研究への助成を開始し、1億700万ドル以上(約111億円)を拠出してきた。わずか数年の間に、この分野は政府、メディア、IT業界、市民団体に大きな影響を与えるようになったが、その一方で研究が政府、メディア、IT業界、市民団体どのように影響を与えているかについてはほとんど知られていない。
このレポート「BRIDGING THE DIVIDE: TRANSLATING RESEARCH ON DIGITAL MEDIA INTO POLICY AND PRACTICE」(ISSIE LAPOWSKY、2024年6月、 https://knightfoundation.org/features/bridging-the-divide-translating-research-on-digital-media-into-policy-and-practice/ )は、政府、メディア、テクノロジー業界、市民社会団体など約40へのインタビューを行った結果である。
●概要
本レポートは大きく5つに分かれている。
1.研究がIT企業に届くまで
2.研究が政府に届くまで
3.研究がメディアに届くまで
4.研究が市民団体に届くまで
5.結論
1.研究がIT企業に届くまで
個々の研究者との出会いによって、IT企業のポリシーや運用に研究成果が生かされることがある他、分野全体の動向も影響を与えている。たとえば多くのSNSプラットフォームはこの分野の研究者を多く雇用していたが、数年前からレイオフに転じた。
研究成果が公開されるまでに時間がかかっていることは大きな問題であり、成果が発表された時にはポリシーやアルゴリズム、機能が変更されていることが多い。
SNSプラットフォーム企業は研究に対するデータと資金の提供者でもある。研究者のデータへのアクセスは限定されており、SNSプラットフォーム企業が選んだ研究者だけがデータアクセスできる状況は健全とは言えない。
2.研究が政府に届くまで
あまり知られていないことだが、バイデンは大統領就任の年に誤・偽情報研究の優先度を整理するための「information integrity」ワーキンググループを立ち上げた。ワーキンググループは専門家と協力しながら研究の優先順位を決めたロードマップ( https://www.nitrd.gov/pubs/Roadmap-Information-Integrity-RD-2022.pdf )を作成した。出来がいいとは言えず、注目もされなかったが、こうした政府と専門家が協力するプロジェクトは重要だと指摘している。政府関係者からも政府は短期間でも学際的な研究者を雇用すべきと強調されていた。
また、専門家によるブリーフィングの重要性も指摘された。電話をかけて研究者から情報やアドバイスをもらう利点も大きい。
政府のいわゆる「スーパースター問題」も指摘された。多くの政府関係者は学術誌を読んでいないので、メディアによく露出する少数の研究者に声をかけがちになっている。ここには研究者が政府関係者にアピールしていない問題、政府関係者は特定のテーマの広い分析を求めることが多いのに対して研究者は狭く広げた領域を対象にしている問題、アメリカ政府は2022年以降政府機関が必要とする情報を公開しているが研究者はほとんど参照していない問題などがある。
また、近年のアメリカの誤・偽情報対策のバックラッシュのように注目されすぎたため、反発した政治家が研究者に召喚や検閲などを行うようになった例もある。
3.研究がメディアに届くまで
多くのメディア関係者は研究者との協力を求めている。論文やレポートよりも直接話しを聞ける方が重要なのである。まず、論文やレポートが世に出るには時間がかかるので、直接話しを聞くことで最新の状況を知ることができる。調査ツールや技術をくわしく知ることができる。
多くの場合、個人的なつながりで研究者にアクセスしていることが多い。そのためレポートではこの分野で人脈の広い研究者があまり知られていない他の研究者の成果をメディアに紹介する役割を果たせるとしている。この点で情報とテクノロジーについての最新の研究を取り上げ、メディアや政府などが活用できる実践的なものに変換しようとしているKnight-Georgetown Instituteは今後が期待できる。
4.研究が市民団体に届くまで
アルゴリズムが多くの人をオルタナ右翼に引きこむという主張や、SNSの悪影響から青少年を守るために法律が必要だという主張となっている科学的根拠には疑義があり、マイナスの効果があることもわかっている。市民の権利を擁護する団体はこうした研究成果を正しく取り込み、理解しておく必要がある。
その一方でIT企業が資金を提供した研究には懸念を持っている。たとえばグーグルが資金提供していることで市民団体からの信頼を失うこともある。同様に政府の資金提供も問題視されることもある。
また、多くの研究は市民団体が欲しいものがないことが多いとも指摘されている。たとえばSNSプラットフォームのポリシーがどれくらいの頻度で、どのように、なぜ変更されたのかといった問題はテーマになっていない。
5.結論
インタビューからわかったのは、この分野の研究や研究者が取り上げた4つのセクターに大きな影響を与え、法律や規制、サービス内容、市民活動を形作っていたことだった。
その一方で影響の全体像はまだわからず、未解決の問題も多いこともわかった。4つのセクターはいずれも研究者との協力を求めており、研究をそれぞれのセクターで活用するための新しい手段、機関を求めている。
●感想
予想はしていたものの驚いた。結局のところ、どの研究、研究者が4つのセクターと協力できるかは人脈につきる。Knight-Georgetown Instituteの試みには期待できるものの、学術誌を読まない政府関係者がメディアの露出度の多い研究者の意見を参考する。
人脈の広い研究者がメディアに他の研究者を紹介するというのも派閥を連想させる。
バイデンのロードマップは参考になりそうだが、現実にはそれを無視して研究は進んでいる。その理由の多くは資金提供元であるIT企業の意向だろう。下記のように研究分野はかなり偏っている。
10の偽情報対策の有効性やスケーラビリティを検証したガイドブック
(「COUNTERING DISINFORMATION EFFECTIVELY An Evidence-Based Policy Guide」の紹介)
https://note.com/ichi_twnovel/n/n01ce8bb38ef3
誤・偽情報についての研究がきわめて偏っていたことを検証した論文
(「What do we study when we study misinformation? A scoping review of experimental research (2016-2022)」の紹介)
https://note.com/ichi_twnovel/n/n3f673e3d2b3e
人脈に頼った誤・偽情報対策を進めた結果が、アメリカでのバックラッシュを引き起こしたと考えると、納得できる面もある。
日本の各省庁がやっていることもアメリカと似たり寄ったりなので、同じ失敗を繰り返しそうだ。有識者会議の有識者ってどこから湧いてきたんだろう? 透明性なさすぎる。
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