ISDの一連の報告書は情報のエコシステムの包括的調査だった
Institute for Strategic Dialogue(ISD)は、2023年11月20日に、アイルランドのネット上の誤報、偽情報に関する調査(Uisce Faoi Thalamh)のレポート(https://www.isdglobal.org/isd-publications/uisce-faoi-thalamh-summary-report/)を公開した。誤報、偽情報といっても、その範囲は広く、CIBなども含むものとなっており、包括的な情報エコシステムに関する調査といってよいだろう。
文献調査、定性調査、定量調査を行っており、大規模と網羅性の高いものとなっており、今後の調査のひとつの見本になるような気がする。
なのでこの分野に関心を持つ方や行政などの関係者にとっては必読と言えるだろう。この報告書に問題がないわけではないが、日本で行われているどの調査よりも規模が大きく網羅性がある。また、日本の調査報告書の多くはなんらかの結論を出すことを急いでいる傾向がある。もちろん結論はあるべきだが、観察や測定、整理、分析が充分に行われていないのに結論を出すことは控えなければならない。
●概要
・調査概要
この研究はアイルランドにおいて、陰謀論や誤報・偽情報が、どのようにコミュニティを結びつけ、過激な信念体系を育て、暴力につながるのかを理解することを目的としている。
対象期間は2020年から2023年で、12のSNSプラットフォームにおける1,640アカウントからの13,180,820件の投稿を対象に実施された。
3つの報告書があり、1つはサマリーで、序論、主な発見と提言、文献調査、用語集、調査方法が含まれている。2つめはSNSプラットフォームに関する詳細レポート、3つ目は主要なトピックの詳細を分析している。
ISDが世界各国で観察した、コロナがトリガーとなった新しいタイプの抗議運動がアイルランドでも見られた。このような運動には、さまざまな人々、グループ、イデオロギーが結集し、パンデミック以前の世界では交わることのなかったアイデア、物語、トピックスが混ざり合った。その結果、反ワクチン活動家、反政府デモ参加者、右派過激派のメンバーなど、多くの有権者を巻き込んだ誤報・偽情報のエコシステムが形成された。
誤報・偽情報と過激派は密接な関係にあり、過激化の危険性を煽ったり、過激派グループが自分たちの運動への支持を高めたり、世論を二分するような問題を利用したりする戦術の一部を形成することがある。2020年と21年には、極右グループや陰謀論的な運動が、虚偽で誤解を招くコロナ関連の主張を作成・宣伝し、パンデミック規制に反対する街頭で動員される一方、同様の主張に触発されたグループが政治家の自宅に嫌がらせをした。
9つのトピックを特定した。陰謀 、健康、移民、民族主義と憎悪、アイルランド 政治、気候、LGBTQ+問題、ロシア・ウクライナ紛争、5Gである。
調査結果は、本調査の3つの重点分野「SNSプラットフォーム」、「アクター」、「トピックス」に分けて整理されている。
・プラットフォーム
すべてのプラットフォームにおいて、アクターの活動レベル(投稿数やエンゲージメントレベル、アクティブアカウント数など)は、2020年から2023年にかけて増加し、これに対してソーシャルメディア・プラットフォームは、自らのコミュニティ・ガイドラインを適切に執行していない。
特に問題となっているのは、ツイッター(現在はXと命名)で、この誤報と偽情報のエコシステムの中で最も活発な活動が行われているプラットフォームとなっている。今回の分析で最も多くのアカウントが存在し、ほぼすべてのアクターが利用している。分析した9つのトピックのうち8つのほとんどがXで行われていた。
フェイスブックはいまだに役割を果たしているが、その人気が衰えてきている可能性がある。
インスタグラムの動きは小さいが注意が必要。
Telegramは、コミュニティとディスカッションのための重要なプラットフォームであり続けている。
アイルランドの誤報・偽情報のエコシステム内のアクターは、TikTokの有効利用を試みているが、TikTokで発見されたほとんどのアカウントはその後停止された。ただし、投稿された動画は100万人以上の視聴者に到達したことがわかっている。
アイルランドの誤報と偽情報のエコシステムには、クラウドファンディングなどの収益化と資金調達のプラットフォームが広く使われている。少なくとも41のグループがオンラインで資金調達の仕組みを利用しており、その多くが利用規約に違反している。
・アクター
憎悪に満ちたイデオロギーは簡単に広まることが確認された。白人ナショナリズム、反ユダヤ主義、イスラム恐怖 症の支持が見られ、ホロコースト否定やナチス資料の宣伝は調査対象期間を通して確認された。
極右グループや個人は、アイルランドにおける誤報や偽情報の中心的な推進者である。
GriptやTheLiberal.ieなどのオルタナティヴ・メディアは、この誤報・偽情報のエコシステムの中で、極めて大きな役割を果たしている。
ほとんどのトピックは相互関連性が高く、ネットワーク・マッピング分析によると、同じアクターがさまざまなトピックの議論に関与していることがわかる。【追記】中心になっているのは健康・衛生、移民、アイルランド政治である。
・トピックス
コロナは誤報と偽情報拡大のきっかけとなった。コロナ関連の偽・誤情報の規制が強化されると、誤報や偽情報のエコシステムの中心は、すぐに他のトピックスに移った。2022年の初めから健康に関する話題が急速に減少、ウクライナに関する話題が中心となり、2023年初頭には移民問題やLGBTQ+に関する話題が主流となった。ネット上で誤報や偽情報は人気があり続けた。
主要なトピックスは9つで、これらすべてに関連する議論は多岐にわたり、虚偽や誤解を招く陰謀論的なコンテ ンツが、誤報・偽情報のエコシステム全体のアクターの間で最も人気があった。
誤った情報や偽情報を含むオンライン上の議論は、オフラインでの敵意や暴力を煽る。政府の主要人物が、誤報や偽情報のエコシステムの中で定期的に話題になっており、脅迫的で暴力的な暴言を観察された。
気候変動は、誤報や偽情報のエコシステムの中で、重要なトピックになりつつある。
【追記】トピックスの重複について、元の表がわかりにくそうだったので別途作ってみた。健康・衛生(ほとんどはコロナ関連)についての発言の中に陰謀論にも言及している割合は24.49%となり、健康・衛生について発言している発言に他の8つのトピックスについての言及がある割合の合計は90.88%ときわめて高い。
報告書ではトピックスの投稿数の推移、重複の割合、ネットワーク・マッピング分析の結果から特定のグループが社会的な事象に会わせてさまざまなトピックスについて発言していると分析している。
・対処の提案
この報告書で紹介されている提案は下記。
1.ソーシャルメディア規制とプラットフォーム・ポリシーの施行
2.オルタナティヴ・プラットフォーム対策
小規模で代替的なプラットフォームに対する協調的なアプローチが必要である。
3.データアクセスと透明性
規制当局は、信頼できる研究者が適切なデータにアクセスし、分析できるようにすべきである。
ネット上の虚偽・偽情報のエコシステムは、ダイナ ミクス、戦略、議論が絶えず変化・進化し、常に流 動的な状態にある。このような虚偽の拡散から生じ る害を正しく理解し、それに対抗するためには、一貫した監視と分析が必要である。
●感想
ざっと調査結果の概要をご紹介した。今回のISDの3つのレポートはかなり莫大かつ参考になる知見に満ちている。今回ご紹介したのはごく一部である。繰り返しになるが、これは関係者必読である。
日本の行政などが行っている調査の真剣度が全く足りないことがよくわかる。ISDはこの分野で世界をリードする機関のひとつなので、そこと比べるのは酷かもしれないが、国家の規模やGDPを考えれば日本でできないのはおかしい。専門家が育っていないのはもっとおかしい。
個人的には、アクターが変わるのではなく、トピックスが変わる、という点が気になった。過去の活動家はテーマが特定されていたことが多かったと思うが、現在のオンライン・アクターはその時々でテーマを変えて活動を行う。今回の報告書で定量、定性的に確認できた。
根底にあるのは社会への不満と不信であり、私が反主流派と呼ぶ由縁だ。彼らは数として少数なのではなく、規範となっている社会理念に不満と不信をいだいているから反主流派なのだ。以前、「グローバルノースの多頭の獣」(https://note.com/ichi_twnovel/n/nfc8c42e9323f)と呼んだものだ。
社会的に注目される事象が引き金となって活動が活発になることが定量的、定性的に確認されたのも興味深い。
いずれあらためて、この報告書をくわしく説明したいものだけど、おそらく時間がない。
好評発売中!
ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。