想像力の限界がサイバー戦の未来を決める!? Foreign Affairs「The Limits of Cyberoffense Why America Struggles to Fight Back」

2021年8月11日Foreign Affairsに「The Limits of Cyberoffense Why America Struggles to Fight Back」(https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2021-08-11/limits-cyberoffense)と題する記事が掲載された。おおまかに言うと、現在のアメリカはロシアなどのサイバー戦に対応する態勢ができておらず(技術や人材ではなく態勢)、そのために非国家アクターなどによるサイバー攻撃に有効に対処できないという指摘だ。

●裸の王様のアメリカ
多くのサイバー関連の資料、レポートではアメリカのサイバー戦能力は高位に位置づけられている。その一方で社会のインフラのサイバー空間への依存度が高いことから脆弱であるという指摘も多い。ニューズウィークのコラムでこうしたサイバー戦能力測定、評価にいろいろ問題があることは指摘した。

国家別サイバーパワーランキングの正しい見方(2021年07月15日、ニューズウィーク)
https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2021/07/post-27.php

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過去にどれほど多くのサイバー攻撃が成功しているかを考えると、アメリカのサイバー戦能力は守るべきインフラに比べると決して高いとは言えないのではないだろうか。そして現在アメリカが直面しているのはこれまでの一般的なサイバー戦ではなく、限りなく超限戦に近い非国家アクターによるサイバー攻撃なのである。今回のForeign Affairsの記事はそこを見事についていた。
ランサムウェアによってアメリカの医療機関がダメージを受けたことや、アメリカ最大級の燃料パイプラインが停止され、東海岸全域が燃料不足に陥り、サービス復旧のために440万ドルの身代金を支払ったことを事例として紹介している。アメリカに限らず、脆弱性を抱えたインフラを持つ国は多い。アメリカはその中でもインフラに対する依存度が高く、ダメージを受けた時の被害が大きい。その分、防御態勢ができているかと言えばそうではない。

アメリカがよくやるのは犯人を名指しし、訴追することだが、それは実際の逮捕に結びつくわけではないので防御にも抑止にもならない。またISISに対する一連のサイバー攻撃はほとんど成果を出せなかった。


●Foreign Affairs記事の3つの対策
記事では、非国家的なサイバー犯罪者を標的とした、より優れた、より迅速で、より信頼性の高い攻撃方法を開発するための措置を講じるえきとして3つの対策をあげている。

1.ロシアや中国のランサムウェアグループを最優先事項に指定し、情報の収集を強化する
2.組織的犯罪グループが一般市民に影響を与えずにサイバー犯罪者のインフラを標的とする新しい攻撃ツールを開発する。
3.非国家アクターへの攻撃行動の法的基盤を確立する。

●ロシアのサイバー非対称戦略との関係
記事では非国家アクターからの攻撃を単体でとらえていたが、増加のタイミングはロシアのサイバー非対称戦略と一致しているように見える。2024年に完成する予定のロシアの閉鎖ネットはロシアという国家そのものを非対称化し、国外からロシア国内のネットワークに自由にアクセスできなくなる。その一方でアメリカなどのほとんどの国の国内ネットワークは自由なアクセスを維持したままである。ロシアに取ってこれほど都合のよいことはない。しかもこの優位性は通常のサイバー攻撃だけでなく、デジタル影響工作においてより発揮される。多数のプロキシを有するロシアは正体を隠した攻撃がいくらでも行える。

ロシアのサイバー非対称戦略
https://note.com/ichi_twnovel/n/nc725e0c9d580

この時、ロシア国外で活動する非国家アクターが多数存在し、それらがアメリカを始めとする各国の脅威となるなら、攻撃主体を特定できないサイバー攻撃部隊で作戦を遂行しつつ、その一方で自国のネットワークは外部には遮断したままというきわめて有利な状況を作れる。Foreign Affairsの記事でもバイデン自身が、最近の米国に対するランサムウェア攻撃にロシア政府が関与しているという「証拠はない」と語っていることが紹介されている。

ロシアとアメリカの国外で活動する非国家アクターを補足し、その活動を止めることは至難の技である。それをアメリカはやろうとしている。仮にそれに成功したとしても、防御に成功しただけに留まる。さらなる新しい攻撃への抑止や、おおもととなっているロシアへの攻撃を行うことは困難だ。

ロシアが非国家アクターによる攻撃を拡大し、国家の非対称化を進めている以上、これらに対応するにはより新しく包括的な対応が必要となる。現在、アメリカで議論されていることは残念ながらそうではない。想像力の限界がサイバー戦の未来を決める可能性は高く、この点でアメリカはロシアに遅れている。

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