誤・偽情報研究に潜む誤・偽情報を検証した論文
「Misinformation on Misinformation: Conceptual and Methodological Challenges」( https://doi.org/10.1177/20563051221150412 )は過去の誤・偽情報関連の調査研究に潜む問題点を検証した論文である。検証の結果、多くの研究に問題があることがわかった。
●概要
この論文では過去の調査研究から6つの誤りを特定し、それぞれについて論文をあげ、その問題を指摘し、異なる結論となった他の調査研究をあげている。
1.誤・偽情報はSNSの問題である。
研究者がSNSに注目し、研究を行うのはデータを入手するのが容易だからであって、データ入手が困難な他のメディアやオフラインのネットワークについては充分な研究がない。
2.インターネットには誤・偽情報があふれている。
別の記事( https://note.com/ichi_twnovel/n/n45aedb12dedd )でも紹介したように、情報エコシステム全体の中で誤・偽情報の比率は少ない。
3.誤・偽情報は真実より早く広まる。
調査対象とする誤・偽情報の定義、規模によって結論は異なる。また、本来真偽だけではなく、有害性やイデオロギーの偏向も考慮すべきである。
4.人はネットで見たものを信じる。
共有やいいねは信じることを意味しておらず、支持すら意味しないことも多い。正確な意味を知るためには解像度の高い分析が必要である。
5.多くの人が誤・偽情報に騙されている。
誤・偽情報や陰謀論への信念を過大評価する調査研究が多く、行動についてはほとんど研究されていない。
6.誤・偽情報は人々の行動に影響を与える。
情報を受け入れることと、行動を変化させることは異なり、行動を変化させることは非常に難しい。
これらすべてについて、多数の論文を元に検証している。全部を紹介するのは難しいので、日本でもよく知られており、私も参照したことのある「誤・偽情報は真実より早く広まる」を例にあげてみる。
偽情報は真実よりも早く拡散することをツイッターの過去の全データから検証したSoroush Vosoughi、Deb Roy、Sinan Aralによる有名な論文、「The spread of true and false news online」が有名だ。しかし、ここで対象となったのはファクトチェック機関が検証した、議論を巻き起こしたニュースに限定されている。
しかし、議論にならなかったニュースで早く幅広く拡散したものも多い。ハリー王子のロイヤルウェディングや、ワールドカップのメッシのニュースがそうだ。
また、複数のSNSを横断した調査では真偽による拡散の違いはなかった。
「誤・偽情報は真実より早く広まる」の元となった論文は結論を一般化しすぎていたのだ。結論は、「ある時点(おそらくイーロン・マスク後は違っていると思う)のツイッターでは議論があり、ファクトチェック機関が検証した情報については」という但し書きが必要だった。しかし、そこまで限定されると注目されなくなりそうだが。
こうした問題点が6つの誤り全てについておこなわれているので、この問題に関心ある方は必読と言える。
結論として、多くの調査研究には問題があり、社会や民主主義への脅威とまで言うなら、それにふさわしい包括的なアプローチで研究しなければならないということになる。
好評発売中!
『ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する』(原書房)
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。