誤・偽情報対策を見直すために読むべき論文や記事のガイド
ダン・ウィリアムズによって書かれた「The misinformation wars - a reading list」(2024年5月3日、 https://www.conspicuouscognition.com/p/the-misinformation-wars-a-reading )は、誤・偽情報対策を見直すために読みべき論文や記事のガイドだ。
ただし、欧米社会全体で問題となっている多くのトレンドが、右派のポピュリストやソーシャルメディアのアルゴリズム、外国の偽情報キャンペーンなどが原因であるというナラティブを見直すために読むべきものという位置づけである。
●12の参考資料
この記事では論文や記事など12の参考資料が紹介している。
著者は一貫して誤・偽情報の脅威は根拠なく誇張されているという立場を取っており、その観点から参考にすべきものをあげている。
・Joe Uscinski: What are we doing when we research misinformation?
誤・偽情報の定義、研究の方法論、測定方法など基本的な課題について整理している。
・Lorna Finlayson: What to do with post-truth
post-truthという言葉についての間違いや混乱を整理し、問題を指摘している。
・Michael Hannon - The politics of post-truth
post-truthにくわえて認識論的危機についての混乱を整理し、それが政治的な議論であり、偏っていることを指摘している。
・Sacha Altay, Manon Berriche, and Alberto Acerbi - Misinformation on misinformation
誤・偽情報に関する多くは検証されていないことを指摘している。ほとんどのものには前提、仮定、定義、方法論の問題があり、他の調査研究では再現されていない。下記記事で紹介した。
誤・偽情報研究に潜む誤・偽情報を検証した論文
https://note.com/ichi_twnovel/n/n0ccafbe68bb3
・Joseph Bernstein - Bad news: Selling the story of disinformation
誤・偽情報についての多くは、人眼は騙されやすい、SNSに影響されやすいといった誤った認識に基づいている。下記記事で紹介した。
関係者全てにとって都合のよい誤・偽情報の脅威というナラティブ
https://note.com/ichi_twnovel/n/n55d166483331
・Gavin Wilde - From panic to policy: The limits of foreign propaganda and the foundations of an effective response
これはすでにこのnoteでも紹介している。
デジタル影響工作対策の基本方針についての論考
https://note.com/ichi_twnovel/n/n8f97847a69b4
・Scott Alexander - The media very rarely lies
情報エコシステムの中で誤・偽情報はまれであり、それが目立つのはメディアがそれをあえてクローズアップするためである。
・Ruxandra Teslo - The road to (mental) serfdom and misinformation studies
既存の研究についての批判的に分析している。
・Hugo Mercier - Not Born Yesterday
人は騙されやすくはない、ということを論証している。
・Jennifer Allen and colleagues - Evaluating the fake news problem at the scale of the information ecosystem
情報エコシステムの中での誤・偽情報の少なさ、多くの人のニュース忌避などから誤・偽情報の重要性が低いことを指摘。
こちらのnote記事で紹介した。
情報エコシステムの中での誤・偽情報の重要性を、2016年1月から3年間のメディア消費データから検証した論文
https://note.com/ichi_twnovel/n/n45aedb12dedd
・Brendan Nyhan - Facts and Myths about Misperceptions
誤・偽情報に法規制が行われ、刑事罰まである。しかし、これまでも誤・偽情報は存在しており、それが悪化しているという証拠はない。
・Walter Lippmann - Public Opinion
1922年に刊行された世論に関する基礎資料。
●感想
先日、紹介したGavin Wildeの「From panic to policy: The limits of foreign propaganda and the foundations of an effective response」が結構注目されており、誤・偽情報の見直しが思ったよりも広がっている印象を受ける。
デジタル影響工作対策の基本方針についての論考
https://note.com/ichi_twnovel/n/n8f97847a69b4
この記事で紹介されたものの多くはここ数年間に公開されたもので、それまでの誤・偽情報研究の検証を行っている。たとえばSoroush Vosoughi、Deb Roy、Sinan Aralによる有名な論文、「The spread of true and false news online」にも問題があった。調査対象をファクトチェックされた偽情報に限定していたが、ファクトチェックされていない情報を調査した論文や複数のプラットフォームを横断的に調査した結果はそうはなっていないことが他の論文でわかっている。結局、なにを偽情報として、どの範囲で調査するかによって結論は変わってくる。
これまでの誤・偽情報の研究に批判的な論文や記事ではSNSのデータに頼り過ぎていることが取り上げられることも多い。SNS、特にXを使えば手軽にビッグデータ解析を行える。しかし、誤・偽情報は定義や対象が曖昧であるため、結果は調査者の持っている定義、前提、調査テーマに対する知見、思い込みで大きく変わってくる。
また、情報エコシステム全体での位置づけ、重要度も多くの誤・偽情報研究では扱われていない。
こうした批判は誤・偽情報を脅威として過度に認識することで社会に悪影響を与える可能性を指摘している。しかし、もう少し踏み込むとこれはロシアの反射統制理論を利用した攻撃であり、パーセプション・ハッキングは最初から組み込まれていたと考えることもできる。
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https://note.com/ichi_twnovel/n/n51fa79a327ab
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