【余り話】受験での悲劇?身から出た錆?
以前の余り話で、高3の時の担任が大嫌いだったという話をした。受験の願書出すギリギリまで反抗しまくったけど結局負けて、国公立の受験校は担任の意見の通りにした。それが愛媛大学だった。
国公立の前期日程の前に、私立で自宅から1番近いそこそこ名前も知られてる?大学に受かったので、担任ではなく副担と高2の時の担任(じいちゃん)に、「もう私立でいいから、国公立受けない。」と伝えた。「そもそも受けたくもない大学に、受かっても行きたくない。そんなに受けてほしいならあいつ(高3の担任)が旅費払え」とクソ生意気なことを受かりもしてないのに受かる前提で話していたが、結果としては落ちた。恥ずかしい////////////
結果から先に言ったが、事件はそんなことではない。
結局受けない行かないと言っていたが、じいちゃんも副担も「まぁ記念に受けてきたらいいじゃん」と、一生懸命よいしょよいしょしてきた上に、信頼してる2人の先生でさえ「じゃあ受けなくていいよ」とは言ってくれないところに、「やっぱ国公立はどこかしら受けたほうがいいのか…」と思った自分がいて、結局受けることにした。
が、でもどうしても、仮に受かっても行きたくない大学(大学に失礼)を受けるためだけに行きたくないという私に、母は「じゃあ道後温泉行こう〜」とホテルも道後温泉近くの観光ホテルを予約してくれた(甘い)
そんなこんなで、結局大人たちに乗らされるチョロい私は「道後道後〜イェーイ」と呑気に出発したのだ。
が!!!!
ホテルについてから気づいた。愛媛大学の医学部があるキャンパスは、道後温泉がある松山市からは非常に遠く、始発で行っても試験時間には間に合わないのだ。(バカ//////////)
結局、前日の夜に早朝のタクシーを予約して、タクシーで受験会場に向かった。
事件はこれでは終わらない。
受験票をもらった上で、日程も含めてホテルを取った。
受験番号が真ん中より少し後ろだった私は、スケジュールが書かれたプリントの中で、後半グループに書かれていた。そして前半グループと後半グループの間には
ーーーーーーーー(〇〇〇〇)ーーーーーーーー
のような仕切りが区切られていた。
〇〇は後ほど書くのだが、私はこれを
「へぇ〜二日間に分かれて受けるんだってー珍しいねー」なんて呑気なことを言っていた。
何をどう読んだら、そうなるのかわからないが、
「小論文やったら1日目はホテル帰って、2日目の朝に面接受けてホテル帰ればいいんだ〜」と解釈して母に伝えた。
母は上2人の兄と姉の大学受験を経験しているため、私の大学受験で連続5年目(それぞれ浪人してるので)だったはずだが、「へぇ〜珍しいねー」と軽く受け取ってホテルを予約した。
前泊→試験1日目→試験2日目→観光日
そう3泊4日の大旅行を計画していた。
まぁそろそろお分かりだろう。
結果を言えば、面接は2日に分かれるわけもなく、上記の〇〇の中には、〜〇時・休憩と書かれていた。
試験当日の朝、無事タクシーでたどり着いた大学の受験会場で、丁寧に本日の日程説明を大学側がしてくださり、「昼休憩はどこで取られても構いませんが、午後から面接がある方は必ず〇〇時にはこちらの教室にお願いします」と言われ、最初は聞き流したが、
「え!?!??!?!?昼休み!?!?!?!?ご飯用意してませんけど!!!!」
とまずそこに焦るなというところで焦って、スケジュールの紙を見直して
ーーーーーー(〜〇時・昼食・休憩)ーーーーーー
と書かれていることに気づいたのだ。
振り返れば振り返るほどバカすぎる…
「お昼で終わるからテキトーに待ってて〜行ってきまーす」とタクシーから降りて別れた母に急いで連絡して「まさかの面接今日の午後だったんですけど!!!!とりあえず待たせるの申し訳ないからホテル先帰ってていいよ!?!?」と連絡した(まだ試験まで時間があって携帯をいじれる時間だった)
結局母は終わるまで保護者待合室で待っててくれて、一緒に帰った。小論文も面接の内容もまっっっっっったく記憶がないのは、多分相当自分の中でも恥ずかしい出来事だったんだろう…
まぁそんなこんなで、先ほど言ったようにしっかり落ちたのだが、試験内容以外は思い出深い受験になった。
そして、3泊4日のうち二日間が試験と思っていたところを、1日で終わったためその後の2日は観光だーー!!!と気持ちを切り替え(そもそも落ち込んではいない)、その夜から次の日にかけて大いに楽しんだが、祖父が危篤になり結局2泊3日で予定を切り上げて帰宅した。(いや、そもそも、試験終わったらさっさと帰れよ)