弱いは美しい。
さいきん何か書こうとするとき、これって論理的にまちがってるかなとか、言葉の定義は合ってるかとか考えてしまって、うまく思ってることを書けない。
正しいかどうかは置いといて、とりあえず思ったことを外に出せばいいのだ。
私がそう思った、ということは事実。そう。事実。
さて。
いきなりだけど、私は人間がけっこう好きだ。
人間は弱い。
マンボウはか弱いからすぐ死んじゃうって愛おしく思う人も少なくないけれど、人間も似たようなものである。
人間も、弱いから愛おしい。
人は、自尊心が低くなりすぎると生きられない。だからあんまり自分の弱い部分を自らさらけ出そうとしない。
さらけ出したつもりのものは自己防衛のための自虐。と思ってる。そうじゃないなら同情を寄せるためのひけらかし。私の場合。
自分に向けられる愛、尊敬の眼差し、絶対は人間にはないから神にすがったと思うのだけれど、
その絶対的な完璧を自分にも他者にも向けようとするから、
人は自分のエゴ、高慢さ、優越感をひた隠しにして、あたかも自分が聖人であるかのように、
そういう人が強く素晴らしい人であるかと思うようにできている。
隠したところで無くなる訳じゃないのだから、人間は誰かより優越であることを努力の糧として生きているのだから、
そうしないと生きていられない自分の弱さを自覚して、受け入れて、それを隠さないとき、その人は美しいと思う。
自尊心を保つために見栄を張って、そして見栄を張る自分を見つけて、抱きしめて外に出すとき、それは美であると思う。
ただ単に、私の好みの問題なのだが。それか、わびさびの日本人精神か。
幾何学模様のような整った美があんまり好きじゃない。
ハロゲンみたいに不安定に存在しながら何かを求めてるのが好き。