「あぁ、そうなんだ」でいい。
ひとりで何かを考える時間が長いと、思考がガラパゴス化する。
突然だれかに「どう思う?」って聞かれると、それを話すための前提条件?やその結論に至るまでの過程が長すぎて、意見があるはずなのに
「ん〜〜んんん〜〜〜〜、よくわかんない」
となってしまう。
それでも何かこう、伝わるかもしれないと思ってグダグダと話してみることもある。
仮に私の意見を△だとすると、私が
「I think △」
というと、
大抵の人は
「へ〜、△なんだ」
となる。
そう言われると私も
「そう!△なの!」
となる。
この大抵の人に紛れて『△ジャッジマン』が出没することがある。
私が「I think △」と言うと、
△ジャッジマンは、
「え?なんで△なの?△じゃなくない?あーであーでこーなんだから普通□じゃない?」
と言う。
...........。
.............................。
うるせええええええ!!!
いま!わたしは!サンカクの真偽や善悪について話しているのではなく!「I think サンカク」であるから!それをそのままお伝えしているだけなのだ!!
だから!君は!
「あぁ、そうなんだ、△って考えてるんだね」
と一言!
「サンカクと考えている私」をスッと受け止めてくれればいいのだ!
そしてその上で自分の考えでもなんでも言えばいいのだ!
正しさや常識に当てはめて□に矯正しようとされるなどまっぴらごめんである!
ネガティブに考えてしまう人に対してもそうである。
「なんかいろんな人が私を責めてるように感じちゃうんだよねー」
に対して、
「え?なんで?そういう風に考えなければいいんじゃん!アドバイスくれたと思って前向きに受け取ればいいんじゃん!」
と言われると、
「なんやねん」
と思う。
私の場合。
「あ〜そうなんだ。ネガティブに考えちゃうんだ。まあそういう時もあるよね」
と言われれば、
「そう!考えちゃうの!」
となる。
私の場合。
結局、自分の考えを人に話す時に求めているのは、△という意見を受け入れてもらうことよりも「△と考える自分」を受け止めてもらうことである。
他の人の考えが別に△じゃなくてもいいし、私の話を聞いて△だと思ってもらいたい訳でもない。
「そう考える自分」を受け止めてもらうために人に話すんだと思うけど、稀に出没する『△ジャッジマン』に自分を否定されたくないがために、人に話すことをしなくなってしまう。
人に話さないと、どんどんガラパゴス化が進んで、もっと考えを共有しにくくなって、そしてまたガラパゴス化が進んでいく。
だから、
誰かが自分の考えを話す時、一旦ジャッジを止めて、
「あぁ、そうなんだ」
と言うのがいい。
「あぁ、そうなんだ」
って言ってほしい。
「あぁ、そうなんだ」
って言え。(過激派)
現場からは以上です。
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別に何かあったわけじゃないけど、書いてるうちに荒ぶりました_(:3」z)_