やさしさとりどり。 ②
冬休み明け、教室に着くと、めっきり静かだった朝の教室が少し賑やかになっている。
推薦合格組がポツポツ増えてきたらしい。
当の私は、模試の結果があまり振るわないでいた。
先生の言っていた「この調子で頑張れば」は、この調子で結果が上がっていけば、という話だ。
受験勉強を始めた頃は上り調子だったものの、冬休みの少し前から頭打ちして停滞している状況だった。
クラスメイトに気を遣いながらも喜びを隠しきれない顔をしている友人たちが、すごく遠い存在に思えてきた。
どうしようもなく不安になる。
授業中も、昼休みになっても、悪い予感ばっかり浮かんできて、何も手につかなくなってしまった。
みゆは、みゆはどうなんだろう。
あの子は不安にならないのかな。
私は、こんなに不安なのに。
「一緒にがんばろう」とか、そういう一言だけでも声をかけてくれれば。
2人でやれば、不安も薄まるはずなのに。
分かってる。
自分が勝手に不安になってるのに、自分が弱いだけなのに、みゆにそれを押し付けてるだけだって。
でも、少しくらい分け合ってもいいじゃん。
「大丈夫だよ」とか、「すずならできるよ」とか、そういう安っぽい言葉でもいいから。やさしい言葉をかけてくれたっていいのに。
思わず泣きそうになって、逃げるように教室を出た。
中央玄関にある自販機に着くと、みゆがいた。
みゆはジャージ姿で、こんな寒いのに少し汗ばんでいた。
私が、みゆのせいでこんなに不安になっているときに。
さっきまで収まっていた感情が再び溢れてきて、今度はもう抑えることができなかった。
みゆは少しぎょっとした顔をした。
私はいつも、みゆを驚かせてる。
そしてみゆはまた素っ気ない顔に戻る。
彼女は何も見なかったように自販機に視線を戻した。
子どもみたいに泣いてる自分がはずかしい。
目の前でクラスメイト泣いてるんだよ。
なんか言ってよ。
「ん」
と、みゆが差し出したのは紙パックのいちごオレだった。
もう片っぽの手には、同じものが握られている。
「走ろ」
無意識にいちごオレに伸びていた腕をみゆが掴んで、下駄箱へ駆けた。
意味不明。さっきまで泣いてた理由ももう忘れちゃったよ。
靴を履き替えると、みゆは私を見向きもせずパタパタと外に出た。
急かされるようにみゆについて行くと、校庭の陸上トラックで立ち止まり私を振り返った。
広いでしょ、と両腕を広げる。
確かに広い。
体育の授業でもここを使うけど、昼休みの今は誰もいない。
乾いた空気が制服を抜ける。
手に持ったいちごオレが冷たい。
「すず、こっから、あっちまで」
と、100m先のゴールをさしてみゆが走り出す。
力を抜いているけど崩れないフォーム。
みんなより一回りくすんだ赤ジャージはユニフォームに見え、いちごオレはリレーのバトンになった。
みゆの背中を追う。
ローファーが砂を蹴る。
しばらく体を動かしていなかったせいで、ずいぶん息切れをした。
「気持ちいいでしょ」
みゆが芝生に腰を下ろして、私も隣りにしゃがむ。
「行き詰まったら、ここで走るの」
「そうなんだ…」
みゆがいちごオレにストローを刺して、私もそれに続いた。
「ありがとう」
「え?」何が?
いちごオレをもらったのは私のほうだ。
「ほっといてくれて、ありがとう」
「あは、意味わかんないよ」
いちごオレは冷たかったけど、いつもより甘かった。