アート=“ ”
noteを見ていると、よく絵や音楽や演劇や映画や小説その他諸々について語られている記事を目にする。
なんかこう、皆それぞれに自己表現の形というものがあって、
あ~いいなあ、と思う。
私は1年ちょっと前にダンスボーカルを始めて、それから「アーティスト」ってなんだろう、そもそも「アート」ってなんぞや、と考えるようになった。
いろいろ考えて、自分なりの答えを出して、それを記事にしようとこの数か月考えてきたんだけど、考えすぎてごちゃごちゃしてなかなかまとまらない。
だから、とりあえず、その一部を出してみようと思う。
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「アート」の定義ってむずかしい。
たぶん、人によってもちがうと思う。
日本でいう「アーティスト」というのは、主に歌と踊り、音楽、絵などを仕事にしている人のことを指していると思う。
でも、それがなんか私のなかで違和感があった。
かっこよく歌って踊ることが「アート」なんだろうか。
お金を稼げるほど素晴らしいと思わせれば「アート」なんだろうか。
絵なんてもう基準がわからない、上手い人がごまんといる中で、書き殴ったようなものでも芸術品として高値がつくこともあるし。
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「アート」ってなんだろう。
私は歌やダンスに何を求めているんだろう。
考えすぎて、もはやなんで自分がダンスボーカルを始めたのかすらわからなくなってきていた。
半年前、何もやる気がなく鬱屈とし、大音量で音楽を聴きながら、誰に見せるわけでもない絵を1日描いていた。思うままに筆を進めた、落書きのようなもの。
誰かに言いたくもあれば誰に気づかれたくもない、この薄黒い気持ちをなんとか吐き出そうとしていた。
そんなことをしていて、ハッと思った。
私にとってアートとは ”共感を求めるもの” なんじゃないだろうか。
誰かに伝えようとしたけど思うようにいかず、でもどうにかしてわかってほしいと外に出てきてしまったもの。
すごく、
すごく品のない例え方をしますと、
「自慰の産物」。
アートというものは、わかってくれ、受け取ってくれ、といつも叫んでいて、その気持ちを受け取ることができたとき、人はその作品に共感し心を動かされる。のだと思う。
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「草間彌生」という、有名なアーティストがいる。
私は、草間さんのアートがなんでそれほどまでに称賛され、有名になっているのか、つい最近までわからなかった。
というか、私はそもそも細かい斑点模様が割と苦手だったから、こう、いや上手いのはわかるんだけど、、、という感じだった。
だから彼女の作品や背景についても全然知らなかった。
ある時、大学の授業で精神疾患の講義をしている時に、先生がぽろっと、
「草間彌生さんも統合失調症だと言われてるんだよね、それで、自分の見たものをそのまま絵にしてるから、ああいう特徴的な絵を描いている」
みたいなことを話した。
そんなこと微塵も知らなかった私は
「へぇ~~~~~!!!そうだったのか!!!」
と草間さんの作品に対する見方をガラッと変えられた。
あの作品は、草間さんの見ている世界なんだと知った途端に、キュウっと感動が湧いてきた。
草間さんはああいう世界を見ていて、でも他のひとは見ていないから、その感覚を共有することができなくて、
言葉で「世界が斑点模様に見える」と言っただけでは「どゆことや」「わけがわからん」と突っぱねられてしまうかもしれないけど、
見ている世界を絵として表現することで、草間さんは「私にはこういうふうに世界が見えている」と他者に訴えているんだ、って。
それで、私たちは、草間さんの絵を通して、草間さんの見ている世界を間接的に見ることができる。
その世界は、草間さんが表現しなければ、私には見えなかったものなんだ、と。
これが、芸術なんだ、って。
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たぶん、またいろんなものを見たり、聞いたり、作ったりする中で、私の中の「アート」の定義は変化していくと思う。
これからもいっぱい考えて、いろんなアートを見つけたいし、作りたいな、と思う。
一部しか書かんって言ったのに、けっきょく長いね。