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奥泉光『虚史のリズム』

1947年東京、石目鋭二はかねてより憧れていた探偵になることにした。進駐軍の物資横流しなど雑多な商売をこなしつつ、新宿にバー「Stone Eye」を開き、店を拠点に私立探偵として活動を始める。

石目がレイテ島の収容所で知り合った元陸軍少尉の神島健作は、山形の軍人一家・棟巍家の出身。戦地から戻り地元で療養中、神島の長兄・棟巍正孝夫妻が何者かによって殺害される。

正孝の長男・孝秋とその妻・倫子は行方知れず、三男の和春も足取りが掴めない。他の容疑者も浮かぶ中、神島の依頼を受けた石目は、初めての「事件」を追い始める。

ほどなく、石目のもとに渋谷の愚連隊の頭から新たな依頼が舞い込む。東京裁判の行方をも動かしうる海軍の機密が記されている「K文書」の正体を探ってほしいと言われるが……。

『グランド・ミステリー』『神器 軍艦「橿原」殺人事件』の続編というか姉妹編。『東京自叙伝』ともリンクしており、それらの作品と“太平洋戦争サーガ”とでも言うべき言語空間が紡ぎ出されている。

いつもの伝で、ミステリー的な幕開けから、パラレルワールド的SF世界に着地する展開。
奥泉さんによる自註は以下。

『グランド・ミステリー』『神器』の流れで、今回もミステリーの枠組みを使っています。今までの作品もそうなのですが、提示した謎はいちおう合理的に解かれている。ジャンルに敬意を表して、ミステリーとしての最低限のモラルは守っている。ただ問題なのは、過去作もほぼそうなんだけど、謎が解かれたときには、もはやその謎はどうでもいいものになっているという……(笑)。これが僕の小説の基本的なパターンなんですが、今回もまあそうかな。

奥泉作品に、ミステリー的な面白さを期待する読者もいないだろうとは思うけれど。

太平洋戦争への突入という狂気と、戦後日本社会の欺瞞。一連のサーガで奥泉さんが執拗に繰り返し描いているものは、戦争と戦後にきちんと向き合うことなく、やり過ごした現代の“虚しさ”。

今の文壇で、これほど過激にしかし全うに、あの戦争とそれ以降の日本社会を批判している作家は奥泉さんの他にいるのだろうか。

高橋和巳も桐山襲も大江健三郎もいない今、奥泉光の孤高ぶりは貴重。

これだけの長さが必要だったのか、とかチラッと思うけど(この大きさ分厚さと価格では、一見さんはなかなか手が出せないだろう)、最後まで読ませるリーダビリティはある。過去作品よりもよくこなれているんじゃないでしょうか。また、ある種のタイポグラフィ的な試みも面白い。読んでてゲシュタルト崩壊するというか、活字でトリップしちゃうというか。

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