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大阪中之島美術館『塩田千春 つながる私(アイ)』

本展は、全世界的な感染症の蔓延を経験した私たちが、否応なしに意識した他者との「つながり」に、3つの【アイ】-「私/I」、「目/EYE」、「愛/ai」を通じてアプローチしようというものです。
インスタレーションを中心に絵画、ドローイングや立体作品、映像など多様な手法を用いた作品を通じて、本展が 「つながる私」との親密な対話の時間となることでしょう。

公式サイトより

塩田千春には特別な思い入れがある。大好きなアーティストの一人。

2019年の森美術館での展覧会が、塩田千春の活動の軌跡を作品によって跡付ける構成だったのに対し、今展覧会は近作を中心に展示し、今の塩田千春の地点を明らかにする試みのように感じた。

会場内の中心で上映されているインタビュー映像では、塩田のクロニクルが塩田自身の言葉と作品とで辿られるが、展示作は近作が多かったように思える。

今や塩田千春と言えば人気作家で、この展覧会のレビューや感想も数多く書かれているので、屋上屋を架すような詳しい内容紹介はせず、ここでは僕が感じたことを簡単に書き留めることにする。

皮膚から内臓へ

塩田千春と言えばドレス、自註の通りドレスは私の皮膚であり、不在を象徴する抜け殻でもある。また、脱ぎ去りたくても脱ぎ去れないアイデンティティでもある。身体存在と自己認識との齟齬が、塩田における重要なテーマだ。

ところが近作において塩田は、人の臓器や骨格模型をモチーフにした作品を作っている。

人体模型を見てどれだけ、これは私の臓器と同じだと思えるのだろう。私であるということをどのように認識できるのだろう。

展覧会テクストより

他者との関係性の中で自己を認識する営為。これはドレス作品における、身体と精神の桎梏という、独我論的世界観とは本質的に異なるテーマだ。

しがらみからつながりへ

塩田の編む糸が、人と人や人と共同体の関係性を象徴しているとして、それは、ほどこうとしてもほどけないしがらみとしての側面に強く重心があったように思う。少なくとも僕はそう受け取っている。

しかし今回の展覧会のタイトルにもあるように、しがらみのようなネガティブなものではなく、ポジティブな関係性であるつながりが、より大きくなってきている。

これは、コロナ禍における強制的な断絶という状況を経て、塩田の心境に起こった変化とパラレルだろう。

今回の展覧会中、もっとも大きな作品「つながる輪」に取り入れられた、観客からの手紙、全てを読むことは能わないが、目に付く物を拾ってみると、家族というテーマを肯定的に捉えたものが多かった。

一時期日本社会に渦巻いた「絆」という流行り言葉を思い出さずにはいられない。塩田がそんな同調圧力に無自覚に加担しているわけでは決してないけれども、それでも、違和感は大きい。

光が生み出す影

作品を観て回っていると、作品に光が当てられて必然的に生ずる影の存在感がとても強く感じられた。

会場の学芸員にライティングプランも塩田のものか尋ねたけれども、分からないという返答だった。しかしショップにて「重ねるポスター」という2枚重ねのポスターが売られていたので、この作品と影との二重性は、塩田自身のコンセプトなのは疑い得ない。

先ほど引いた塩田の言葉にある「私であること」の「私」に、否応もなくつきまとう影の存在。

「人とのつながり」という塩田が注力するテーマの裏にこの二重性の認識があることが、先ほど書いた違和感を減ぜさせて、少し安心した。

文芸作品とのコラボ

讀賣新聞に連載した多和田葉子作品に添えた挿絵の原画全点が展示されている。ともにドイツ在住でもあり以前から交流はあったそうで、会場外のスペースで上映されている映像作品で二人の対談の様子が一部観ることかできる。全文は図録に収録されている。

またノルウェーの作家ヨン・フォッセの『だれか、来る』を翻訳した河合純枝とも交流があり、同作にインスパイアされた作品も展示されている。
『だれか、来る』は会場で購入できる。

戯曲の舞台美術の演出から、さらに言葉そのものに寄り添った活動へと、その領域は拡がりを続けている。

取り敢えずの結論として

塩田の関心が、死から生へ、不在から実在へ、静から動へと重心を移していることが強く印象に残る。

一方で、自明な自己というような単純化を拒むだけの批評性は揺るがない。

これからの塩田のコンセプトやテーマがどう変遷してゆくのか、大きな変節点にあるように感じられた展覧会だった。

グッズ

薪さんのエントリで、たわしが紹介されていたけれど、それは目につかなかった。見落としただけかもしれない。

しかしこんなグッズが目に飛び込んできた。

揖保乃糸とのコラボ

関西人なら「そうめんやっぱり揖保乃糸〜♬」と歌えないものはいない。塩田の関西人のDNAが生み出した奇作。赤帯(=上級、揖保乃糸のランクでは下から2つ目の普及帯商品)ではなく、黒帯(=特級、上から2つ目の高級品)であることを念の為書き添えておく。

ちなみにポテトチップスもありました。食いもん多いやんけ。

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