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かぺんきじゃ なくて いいことが たさくんある

私が食べたかったのは「マフィン」だった。

ドーナツやバウムクーヘンなど、任意の甘いものがピンポイントで欲しくなる瞬間がある。コマーシャルを見たわけでもなく、どういう作用なのかは不明だが、今日の私が食べたくなったのは「マフィン」だった。

最寄りのコンビニへ行ってみたがマフィンは見当たらない。最も近そうなものを見繕って、パン売り場にあった「チョコスティックケーキ」という商品を購入した。棒状の焼き菓子にチョコチャンクが散りばめられている。リプトンのミルクティーも買った。

自宅に帰って早速食べてみると、「チョコスティックケーキ」の食感は、想像以上にパンに近かった。また、これは私の、当時の個人的な気分の問題にほかならないが、今回、やはり「チョコ」の部分はいらなかった。

昔の私なら、迷わずこの出来事に「0点」を付けていただろう。今はちゃんと採点することができる。100点満点中、40点だ。0点は、「マフィンが食べたいけど、探しにいくことをしなかった」ときの点数。完璧じゃないけど、ちゃんと40点分は美味しいのだ。

Twitterで、東京にある屋外広告の写真を見かけた。消火栓標識の直下に下げられた、小さなヨコ看板。株式会社太陽巧芸社という広告制作会社が作ったものらしい。看板にはこう書かれている。

「みさなん おつれまかでさす。 …きづまきしたね? 

 うえを むいるていと なにしから

 はけっんが あるでものす。

 きょうも あたなに いいとこが ありまうよすに。」

この不思議な現象を、「タイポグリセミア」と呼ぶらしい。「不思議な現象」とはつまり、言葉の最初と最後の文字が正しければ、それ以外の字順が右往左往していても問題なく読んで意味を理解できることだ。私は、「読める、読める!」と、夢中になって読んでしまった(広告主の思う壺だ)。世の中には、完璧じゃなくていいことがたくさんある。

ふと、学生時代に働いていた個別指導塾でのことを思い出した。講師(学生アルバイト)の上にはプランナーと呼ばれる上司の先生がいて、生徒に教える内容やその方法について、あらかじめ指示を出す。「タイポグリセミア」を見て思い出したのは、まじめな子どもたちに何度も「解き直し」をさせたことだ。

その塾では、子どもが間違えた問題を、間違えなくなるまで繰り返し解かせていた。仮に100問のうち20箇所を間違えたとしたら、その間違いが10箇所、5箇所、2箇所……となるまで、とにかく「100点満点」になるまでやらせるのだ。少なくとも、「間違って」はいなさそうな指導方法だ。何より学生アルバイトにも安心して任せられる。

大人になり、いつのまにか巣食っていた根深い完璧主義に何度も苦しめられた。今なら子どもたちに、もっと違う言葉をかけられる気がする。「20個間違えた」と「80個あってた!」の両方の捉え方を教えたいし、間違えた20個の方にしつこくこだわらせず、得た80個を元手にどんどん発展的・派生的な内容にチャレンジさせてあげたい。

とはいえ、もう塾で働いてはいないし、自分の子どももいない。しばらくはチョコスティックケーキを食べた自分を適切に評価できるよう、心がけていくのみなのである。




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