【琴坂研究会】クラスリードの頭のなか
こんにちは! 慶應SFCの琴坂将広研究会です。
琴坂研究会は、「経営研究」のゼミということになっています。少なくともSFCの講義シラバスにはそのように書いてあります。しかし、それは私たちのひとつの側面でしかありません。
私たちが共有するのは「10年後の戦友になる」という価値観です。通常セッションや合宿だけでなく、新規メンバーの採用においても、「10年後の戦友になる」ことが重要な価値基準になります。そして、多様なフィールドとバックボーンをもつメンバーを「戦友」たらしめる共有ミッションこそが、研究会のロゴに示された “Navigating the world” なのです。
とは言え、この説明はあまりにも抽象的です。そこでこの記事では、琴坂研究会のイメージを高い解像度で伝えることを目指します。少々長くなりますが、お付き合いいただけますと幸いです。
※ 琴坂研究会は、日本語ゼミと英語ゼミに分かれています。研究会としての基本理念は共有されていますが、毎週の通常セッションの運営は独立しています。以下は、日本語ゼミについての記述になります。
■ クラスリードという役割
遅ればせながら自己紹介をいたしましょう。琴坂研究会の西と申します。ゼミではクラスリードチーム(CLT)に所属しています。
私たちの研究会は学生主体で運営されていて、クラス設計や新規メンバー採用、合宿企画、財政といったゼミ機能はすべて学生によって担われています。私の所属するCLTは、クラス設計を担当するチームです。
CLTは、 “Navigating the world” のために何をすべきかということと、それぞれのメンバーが何を望んでいるかということを踏まえて、毎週の通常セッションを設計します。セッションへの期待によってメンバーのモチベーションが大きく左右されるため、インターナル・マーケティングも欠かせません。メンバーのニーズに基づいてクラスを設計するだけでなく、そのクラスの意義をメンバーに説得してモチベーションを引き出すところまでが、CLTの役割だと私は理解しています。
琴坂研究会では、セッションを通して “Navigating the world” のための力を養うとともに、「10年後の戦友になる」ための専門性と信頼関係を築いていきます。逆に言えば、そのようなものとしてセッションを設計することこそ、CLTが果たすべき責任なのです。
以下では、CLTがどのようなことを考えてセッションを設計しているのかを紹介します。セッションの背景にある設計思想(Design Philosophy)を理解していただくことが、「琴坂研究会とは何か」という問いへの具体的な解答になると、私は考えています。
■ 3種類のセッション
琴坂研究会の通常セッションは、①ケースセッション、②理論セッション、③研究セッションに分かれています。これは理念型としての分類なので、実際のセッションはすべて混合型になるのですが、理念型としてのそれぞれの意義を明確化しておくことは必要です。なぜなら、それは通常セッションの意義をメンバーに説得することでもあるからです。
① ケースセッション
ケースセッションでは、企業経営についての現実の事例をもとに議論します。私はケースセッションの主要目的を、意思決定のための思考プロセスを身につけることと、経営の現場感覚を養うことだと理解しています。
ケースセッションの基軸となる問いは、「この意思決定はどのような思考に基づくのか」「この意思決定はどのように評価すべきか」「この現象にはどのような原因があるのか」「この企業はこれからどのような戦略をとるべきか」といったものです。
たとえば、「この意思決定はどのような思考に基づくのか」という問いについて考えてみましょう。ここでは具体例として、2022年にカーライル(PEファンド)がユーザベース(情報サービス、メディア)を買収したケースを取り上げます。
このケースは、「カーライルが買収を決定した」ことと「ユーザベースが売却を決定した」ことの二重の意思決定です。そのため、双方の決定権者がどのように考えていたのかを理解する必要があります。ここで、ユーザベースの決定権者は〈X〉という要因(要因群)によって売却を決定したと仮説を立ててみましょう。その仮説を検証するためには、もし〈X〉が満たされていなければ売却は決定されなかったということと、〈X〉さえ満たされていたならば売却は決定されたということを、思考実験によって確かめる必要があります。思考実験によって仮説が棄却されたら、新たな仮説を生成しなければいけません。仮説生成のときには、ユーザベースの決定権者は売却しないケースをどのように想定していたかという思考実験が役立ちます。なぜなら、売却するケースと売却しないケースの想定上の差分こそが、売却の意思決定の根拠になっているはずだからです。もちろん、このような思考実験を精密に進めるためには、財務情報や非財務情報の収集と分析が欠かせません。ユーザベースの収益構造や決定権者のビジョンを把握しないことには、売却の意思決定につながる思考を客観的に推定することなどできないからです。そして、以上のような〈状況把握・仮説生成・仮説検証〉のプロセスを、カーライルにも適用することによって、初めて「カーライルによるユーザベースの買収」という現象を高い解像度で理解できるようになるのです。
このような思考プロセスとディスカッションによって、私たちは経営現場のリアリティへと近づいていきます。経営者がどのようなことを考え、どのような選択を迫られているのかという、ヒリヒリするような現場感覚を追体験することができます。
そして、この思考プロセスこそが、自分自身が当事者として経営上の意思決定を下すときに必要なのです。たとえば、あなたがベンチャー企業の経営者だとしましょう。ある日、PEファンドが買収の提案をしてきました。このとき、あなたは買収を受け入れるかどうかを短時間のうちに判断しなければいけません。
買収されることが何を意味するのかを理解するためには、買収を拒否した場合と受け入れた場合の双方をシミュレーションしてみる必要があります。買収を拒否した場合をシミュレーションするには、自社を取り巻く経営環境を正確に把握しなければいけません。また、買収を受け入れた場合をシミュレーションするには、相手のPEファンドがどのような思惑で買収を提案してきたのかを推定しなければいけません。相手の思惑の核心にある〈X〉を捉えることができれば、交渉の見通しがつくようになるからです。あなたはこのような思考実験を重ねたうえで、買収を受け入れるべきか、あるいは、どのような条件なら買収を受け入れるのかを判断する必要があります。不確実性と利害関係のなかで最適な戦略を選びとるためには、意思決定の場となる状況の解像度を可能なかぎり高める思考プロセスが求められるのです。
もちろん、このような思考プロセスを身につけるには訓練が必要です。私たちは、ケースセッションを通して思考プロセスの訓練をしています。すなわち、ケースセッションで重要なことは、「この意思決定はどのような思考に基づくのか」という問いの答えを知ることではなく、現場の解像度を高めるための思考プロセスを訓練することなのです。
ケースセッションを単なる知的好奇心のエサで終わらせないためには、ケースセッションの意義をメンバーが理解している必要があります。
② 理論セッション
理論セッションでは、経営学の理論に焦点をあてて議論します。私は理論セッションの主要目的を、思考の質を向上させることだと理解しています。ケースセッションで訓練するのは思考プロセスですが、それを構成する個別の思考は、理論を学ぶことによって磨かれるのです。
理論セッションの基軸となる問いは、「この理論は何を主張しているか」「この理論にはどのような意義があるか」「この理論にはどのような社会的背景があるか」「この理論はどのようなケースを説明できるか」「この理論の限界はどこにあるか」といったものです。
琴坂研究会では、理論の教科書として入山章栄の『世界標準の経営理論』を用いています。長くなりますが、経営理論を学ぶ意義について述べられている部分を引用してみましょう。
入山さんは、経営理論を「思考の軸」にするべきだと主張しています。実際に、私たちは知らず知らずのうちに理論をそのように用いているのです。たとえば「差別化」や「経営資源」といった概念は、経営理論に根拠を持っています。これらの概念を使わずに経営戦略を考えるとしたら、私たちの思考と実践はどれほど貧しくなるでしょうか。
あるいは、これらの概念に匹敵するような「思考の軸」を自在に活用できれば、私たちの思考と実践はどれほど豊かになるでしょうか。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という有名な格言があります。ここでは、自分自身の経験と、他者の経験の集合である歴史とが対置されています。経営理論は、膨大な企業経営の事例を用いた検証に耐え続けている命題であり、まさしく歴史の教訓が結晶化したものです。
研究会のケースセッションを有意義なものにするためにも、現場の意思決定で「最善」を選びとるためにも、経営理論は欠かせないのです。
③ 研究セッション
研究セッションでは、「研究」そのものについて学んだり、メンバーの個人研究を発表したりします。私は研究セッションの主要目的を、現実を抽象化して捉える力を養うことと、それぞれのメンバーの得意分野を磨くことだと理解しています。
研究セッションの基軸となる問いは、「経営学とは何か」「研究するとはどういうことか」「その研究では何がポイントになるか」「経験的な事実をどのように裏付けるか」「インタビューやデータをどのように研究へと加工するか」といったものです。
「研究」と言うと、実務を志す皆さんには馴染みがないように思われるかもしれません。しかし、優れた実務家は研究のようなことを日々実践しているものです。優れた実務家は、現実を抽象的に把握し、それを論理的に説明することができますが、そのプロセスは研究と呼んで差し支えありません。もちろん、実務家の日々の研究と、厳密な学術研究を同一視することはできませんが。
研究セッションでは、それぞれのメンバーが個人研究を発表し、ディスカッションを行います。誰もが初めから優れた研究を生みだせるわけではありません。むしろ、研究にとりかかってみると、現実の抽象化と論理化の難しさに直面するはずです。研究を進める過程で、この抽象化は適切だろうか、この説明は論理的だろうかと自問自答することになります。これもまた、思考プロセスの訓練なのです。
それに加えて、それぞれのメンバーの得意分野を磨くことも研究セッションの目的です。個人研究を進めるには、自分の研究に関わる経営学の理論に詳しくならないといけません。学術的な貢献を生み出すためだけでなく、現実を鋭く切りとる「思考の軸」が必要だからです。
そして、個人研究を通して獲得された「思考の軸」は、ケースセッションや理論セッションでも活用されます。同じような考え方をもつ人々がディスカッションするよりも、多種多様な「思考の軸」をもつ人々がディスカッションしたほうが、ケースや理論について豊かな洞察を得ることができるはずです。
研究セッションは、メンバーの抽象化能力と論理化能力を養うとともに、メンバーの専門性を伸ばしていくための場です。「研究」に抵抗感がある人も少なくないでしょうが、どうか気構えずに挑戦していただきたいです。
■ 2024年度秋学期に向けて
3種類のセッションについて、それぞれの役割と連関性を整理すると、以下の図のようになります。
ケースセッションで訓練される「意思決定」、研究セッションで訓練される「抽象化」と「論理化」、理論セッションで獲得される「思考の軸」は、 “Navigating the world” のために必要とされる能力です。また、それぞれのセッションには他のセッションをサポートする機能があり、相乗的なスキルアップを可能にします。そして、セッションを重ねるなかで「10年後の戦友になる」ための専門性と信頼関係が築かれていきます。
しかし、このような説明は琴坂研究会の実態とは少し異なっています。現在の琴坂研究会は、メンバーこそ魅力的な人々が集まっているものの、それぞれのセッションが上手く連関していません。ケースはケース、理論は理論、研究は研究になっており、研究会としてのアイデンティティがぼやけているように思われます。実際、私自身もセッションの意義を見失っていました。
このような状況だからこそ、セッションの意義を再定義し、3種類のセッションの循環を再始動することが必要です。そして、それをリードするのがCLTの役割であり責任なのです。
およそ1ヶ月後には、2024年度の秋学期が始まります。琴坂研究会を私たちの最高の成長環境にするために、CLTもそろそろ準備を始めなければいけません。
■ まとめ
ここまで、CLTがどのようなことを考えているのかについて、長々と紹介してきました。この文章が「琴坂研究会とは何か」という問いへの解答になっているかどうかは、読者に委ねることにします。
しかし、ここまで読んでいただいたあなたには、冒頭で示したこの文章の意味が伝わるのではないでしょうか。
そして、琴坂研究会に魅力を感じていただけたなら、私としては幸甚の至りであります。
研究会メールアドレス iber.sfc@gmail.com
研究会Ⅹ(旧Twitter) https://x.com/iber_sfc
以下、後書きのようなメモです。
私は、この文章によって「センスメイキング」を試みています。この文章の公表は、センスメイキング理論において “interpretation” と呼ばれる実践に該当します(詳細は『世界標準の経営理論』第23章を参照してください)。ここでは、琴坂研究会の意義を再構築し、既存メンバーと潜在メンバーに「納得」していただくことを目指しました。
また私は、琴坂研究会のなかで随一の学術派です。すなわち、琴坂研究会のメンバー全員がこのようなことを考えているわけではありませんし、このような文章を書くわけでもありません。むしろ、どちらかと言えば私のほうが異端です。ですからどうか、琴坂研究会を怖がらないでいただきたいです。
私たち琴坂研究会は、学期のなかで2回ほど、聴講の機会を設けております。聴講の告知は、基本的に研究会Ⅹ(旧Twitter)で行います。ご興味がございましたら、ぜひ聴講にいらしてください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
琴坂研究会 西 大成
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