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ジャニーズ問題で改めて考える「上場ステータス」の価値

性加害問題に関するジャニーズ事務所の記者会見。
ビッグモーター事件と並び、創業者一族が議決権の100%を握る非上場オーナー企業の限界が露呈したとの見方が多いようだ。

仮にジャニーズ事務所が上場企業で、株主が国内外の機関投資家や個人に分散していたとするならば、藤島氏が取締役として続投しようとしても、株主総会で間違いなく否決され、否応なしに経営から身を引かされたことだろう。

だが、現実はそうではない。
いくら組織改革やガバナンス改革を求められたとしても、オーナーが株主として全権を握る限り、気に入らない経営陣を総入替してしまうことができる。そして、誰にもその全権を奪うことは出来ない。米大統領の拒否権をも上回る強烈な権利だ。

新社長がどんなに真摯に説明をし、改革をしようとしても、結局最後は創業家の一存でひっくり返されてしまう。会見を通じて、そんな体制への諦念や失望、無力感がファンを中心に広がったのだろう。

そのことを目の当たりにして、ぼんやりと、しかし改めて考えさせられたのが「上場ステータス」の価値である。

資金調達だけではないといわれる上場のメリット

上場の本質的な意義は、言うまでもなく資金調達にある。
他方、それ以外の上場のメリットとしてよく言われるのが、

  • 採用のしやすさ

  • 従業員のモチベーション向上

  • 取引先の信用力向上

といった点である。
長らく株価やPBRが低迷している上場企業の経営者に上場の意義を問い直すときにも、二言目にほぼ必ず聞こえてくるのは、『採用や取引先の信用といった間接的な上場のメリットを捨てきれない』ということだ。
とはいえ、それらが本当に上場していないと得られないものなのかというと、甚だ疑問である。

確かに、一昔前は、中堅中小企業の企業広告や採用広告には「東証二部上場」「ジャスダック上場」の文字が躍っていた記憶がある。現在も地方では「上場企業」の看板は強いとの見方をX(Twitter)のフォロワーの方に教えていただいたこともある。

しかし、世の優秀層が未上場のスタートアップにどんどん流入し、上場大企業も積極的に協業を行う昨今、上場企業かどうかをどれだけの人が気にしているのだろう。
私が手がけた幾多の非公開化案件においても、その後対象会社から採用や取引で困難に直面したという話は全く聞こえてこない。

そんな例も引きながら、「上場していると何故採用や取引にメリットがあるのか」と上場企業の経営陣に問うてみても、納得のいく答えが返ってきた例しがない。
それだけに、上場の間接的なメリットを強調される度、「上場ステータス」そのもの、あるいは、上場企業トップという地位を手放したくないだけの経営者の詭弁に聞こえてしまうのだ。

「上場ステータス」のメリットの源泉

だが、今回いみじくも、私自身が上場企業に問うてきた問いの答えが、ぼんやりと見えてきた気がする。

それは、上場企業は多様な視点からのモニタリングに服していること、そして何よりも、資本市場が「支配権市場」としての側面を有しているということだ。

前者は言うまでもないことだが、上場審査や有報開示に耐える会計監査、(借入のある会社であれば)金融機関、多数の株主による監督など、複数の視点から経営や財務の品質が担保されているということだ。
(それでも上場企業による不正や不祥事は後を絶たないが。)

より重要なのは後者である。
不適切な経営や不正が行われた場合、株主は自己の利益のために株主権を行使して、経営陣の入れ替えを図ることが出来る。所有と経営の分離である。
それだけではなく、株式が市場で流通していることで、「我こそはこの会社の価値を最大化できる」という者にはプレミアムを支払って株式を取得する機会が与えられている。
すなわち、支配権市場としての資本市場の側面である。

「下手な経営をしたらクビになるかもしれない。会社が誰かに奪われるかもしれない。」

そんな緊張感を持って経営者が行動するからこそ、適切な経営が行われやすいということだ。
こうした点によって推認される経営や会社の「品質」が、上述の間接的な上場のメリットに繋がっているのではないか。

メリットの源泉と株主構成の矛盾

ただ、残念ながら、わが国の資本市場は「支配権市場」として十全な実態を備えているとは言いがたい。

上場子会社や、安定株主が大半の企業、創業家が過半数の議決権を有する上場オーナー企業が多数存在する。
そうした支配株主等を有する企業の経営陣の前には、支配権移動の脅威は存在しないに等しい。それだけに、漫然とした経営が行われやすく、ジャニーズやビッグモーターと同じような事態が起こるリスクを孕むともいえる。

東証はそういった点を捉え、支配株主を有する上場会社に開示やガバナンスの実効性確保を求めているが、形式的対応にとどまっている企業も少なくないように思える。

株主構成に甘んじた緊張感なき経営は、最終的には上場企業としての自らの「品質」に影を落とす。
上場企業は「上場ステータス」の価値の源泉を改めて認識すべきではあるまいか。

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