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やさしい理論派

ビギナーズトレーニング 日本一わかりやすい介護講座
2日目「根拠に基づく認知症ケア」


「みなさん、自分は認知症にならないと思っていませんか?」

ぎくりとする。

このたびの登壇者・グレさんこと、杉本浩司さんが自己紹介のなかで発した言葉だ。
2025年には、高齢者の5人に1人が認知症になり、さらに2040年には高齢者の4人に1人が認知症になると言われ、これは花粉症の発症率とほぼ同じだという。

グレさんは、自分が認知症になるとしたら、ああいう感じがいいな、と利用者さんにこっそり憧れることもあるらしい。もはや認知症は、他人事ではないのだ。

グループホームを全国に308か所も展開する会社の認知症戦略部に属するグレさんから、このたび「一歩ふみ出すためのケア」や「双方が楽になるケア」、「実践して介護をもっと好きになる」ための話をたっぷりと聞いた。

センスと根拠


グレさんの話は、ハキハキとしていて、無駄がない。理路整然としている。
「ケアをするうえで、理論が大事」と言っているのだ。
感覚人間ゆえ、「理論」という言葉に苦手意識をもっているわたしは、正直びびっていた。言いくるめられてしまったり、話についていけなくなったりしないかしら? と。
けれど、グレさんの話は、想像していた理論派とは違った。

「利用者の生活を支え、守る“専門職”として介護福祉士がいるから」

ここで話を聴いているひとたちと心は同じである、ということを最初に伝えてくれたからかもしれない。

「僕は介護福祉士ですけど、『介護士』って言われるのがすごい嫌なんです。 介護と士の間に『福祉』が入っている。その人の幸せを考えることができる専門職。だから『介護福祉士』という仕事にプライドを持っています」

専門職として実現すべきことは何なのか? 話が進んでいく。

「いま、ここにいるみなさん全員がカリスマ介護職だとします。センスあるカリスマ介護職だとしても、根拠がなきゃダメですよ。
なぜかと言うと、みなさんが勤務できる時間は週40時間です。1週間って168時間ありますからね。みなさんがいない時間の方が多いってことですよ。
目の前のヘルプに対応するのは素人でもできる。専門職の僕らは、もっと『本質』にふみ込んだケアをする必要があるんです。
予後を予測して、必要なことを提案・実践する。自分がいなくても、どの介護職がやってもそれが実践できる状態にする。それが専門職の仕事です」

誰もが同じケアをできるようにする。なぜそれをするのかを説明する必要がある。だから、科学的な根拠が必要なんだ。

生活記録はギフトである


こういうおばあさんがいたとします。
「おはよーさん! 最近顔見なかったな。あんちゃん元気か?」
いつも元気に挨拶をしてくれる。
はじめましてのひとでも、誰にでも。すれ違うたびに挨拶をするおばあさん。

認知症は記憶の障害だ。常に不確かさが同居している。
おばあさんは、目の前のひとに会ったことがあるかどうかが「不確か」である。
もし、会ったことがあって、挨拶をしなかったら、相手に自分が認知症だとわかってしまう。

相手の反応よりも先に先手必勝で挨拶をしてしまえばいい。
つまり、取り繕うことができる。

「僕らにもあるでしょ。『ご無沙汰です!』って挨拶されたけど、誰だっけこのひと……? ってこと。そういうときに『お久しぶりですね! お元気でしたか?』って返すじゃないですか。この挨拶は『社会性』があるという証なんですね

これは貴重な情報だと、グレさんは言う。

「認知症は、前頭葉の萎縮で社会性をつかさどる能力が落ちる。だから、『取り繕う』という社会性のある能力が維持できているというのは非常に大事な情報ですよ。なのに、このことを記録しているところを、日本全国まわっていて見たことがない」

このおばあちゃんの生活記録、どう書かれるか。「いつも通り笑顔で挨拶していました」とか「特に変わりなく過ごす」……。
それだともったいない! グレさんは力を込めて言う。

「だってこの方は、社会性保たれてるのに。この後、取り繕えなくなる時期も来るわけです。なので、生活記録には僕はこう書きます」

初めて訪問された来客にも職員にも「おはようさん、最近顔見なかったな。あんちゃん元気か?」と挨拶をしてくださる。変わらず社会性が保たれていると評価できる。

半年後、1年後……と時系列で記録をとることで、症状の進行がわかる。この先会話が難しくなるかもしれないので、ご家族に今のうちに会って話をしておいてくださいと、伝えることができる。

生活記録を、よりよく活用しよう。
そして、残された家族へのギフトにしよう。

「高齢者介護の場合、生活記録をお渡しするときって、ほとんどはご利用者が逝去されて、施設を退去する時です。ご家族にお渡ししますよね。生活記録はその方の物語、小説のように書かれていることが理想だと思います。それを読めば、最後の生活が手に取るようにわかる。そんなギフトを残しましょうよ」

問題と原因を分けて考える


お次はこんな事例について考えた。

こんな事故が発生しました。

出勤予定の鈴木さんが体調不良で欠勤しました。
田村さんは鈴木さんの分まで一生懸命に働きました。
昼食の服薬介助はダブルチェック(本人に投薬があるかどうか、
投薬する直前に本人の物かどうかのチェック)をするルールになっています。
田村さんは疲れていました。田村さんは糖尿病を持病にしているご利用者の佐藤さんの昼食の薬をダブルチェックをせずに投薬するのを忘れてしまいました。

「この事故の問題点だと思うものに、手を上げてください」

う〜ん、と考えて①と②、④に手を上げる。

「何回手をあげてもいいよって言ったのは、意地悪でした……。ごめんなさい。実は、事故には問題点は1つしかないんです。みなさん、これを間違えないでください。車の事故も、発注ミスも、どんなトラブルにも、問題点は1個しかないんです」

そうなのか……。
グレさんは、これができたらレベル20UPします! と言っていた「問題と原因を分けて考える」方法をご紹介しよう。

・問題点と原因を切り分ける
〈case〉④投薬を忘れた が問題点。

・可能性のある原因をすべて書き出す
〈case〉①②③⑤はすべて原因。

・問題点に関して直接的な原因に並べ替える(優先順位をつける)
〈case〉②ダブルチェックを忘れた、③田村さんが疲れていた、①鈴木さんが体調不良で欠勤した、⑤突発休みの補充ができていない

・直接的な原因から解決を考え、実践していくと、同じ問題点は再発しづらい
〈case〉ケアスタッフ1人でのダブルチェックだと疲れたり忙しいと投薬忘れの可能性があるので、服薬したかどうかを他のケアスタッフに確認するトリプルチェックにすることで問題解決を図る


これまでトラブルが起こったとき、モヤモヤしていたのは問題と原因を分けて考えられていなかったからか。
これで、わたしもレベル20UPできる……! 話を聞いて、ワクワクした。

ただ、まだ感覚に頼ってしまうところもあり、レベルが急上昇した気配はない今日。けれども、悩みにぶちあたったとき、「問題点はなんだろう?」と考えるという選択肢をもらったことで、気持ちが楽になった。


4時間超の講義を終えたグレさんと、youtubeの「いばふくの舞台裏」でお話したときのこと。

センスと根拠の話を、情感と理論という言葉でぶつけてみた。理論武装という感じではなく、このたびの講義には慈愛を感じた……と。

するとグレさんは、こう打ち明けてくれた。
キャリアのスタートである20代は、感情にふりすぎていたそうだ。役職が上がるにつれて、部下に伝えたい大事なことが伝わらない。ぶつかりまくって、みんなが疲弊した経験があったからこそ、根拠や理論が必要だということに気づいたと。

だれも置いてけぼりにしないための、データであり、分析なのだ。
ひとのための、やさしい理論。苦手意識はどこかに消えていた。


text by Azusa Yamamoto
photo by Nobuhiko kobayashi
Nazuki hosokawa


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