見たことのない景色を想像するのは難しい。 育児中に見えたこと。
たった5段の階段
とある駅で、5段ほどの階段が目についた。普段なら気にも留めないが、その日は階段の下でしばらく立ちすくみ、来た道を引き返した。
ベビーカーには、やっと寝れた娘がいて、荷物置きにはいっぱいの荷物が乗っていた。
子連れで公園に出掛けた帰りだから、大きめのレジャーシートや防寒具など普段より荷物も多かった。
引き返したものの、迂回する道もエレベーターも見つからない。
えーっと…。もう一度立ち止まって頭をぐるぐる回転させる。
駅員さんは…見当たらない。
「どうしよう、うーん…仕方ないなあ」と、もう一度階段の下に戻った。
よし、と覚悟を決め、娘を片手で抱っこし、もう片方の手でベビーカーを引きずって持ち上げようとした、その時。
一人の女性が駆け寄ってきてくれた。仕事帰りだろうか、タイトスカートにハイヒールを履いた50代くらいの女性。一緒にベビーカーを階段の上まで持ち上げてくれ、颯爽と去っていった。
子供を産んでから、こんなふうに助けてくれる、優しい人に出会うことが増えた。
世の中は思っていたよりもあたたかかった。本当に、ありがとうございます。
けれどその一方で「冷たいなあ」と感じてしまうこともいっぱいある。
知らんふりをする人の多さ
駅や商業施設で、エレベーターはいつもいっぱいだ。
たとえそれが優先エレベーターだったとしても、知らんふりで我先に乗り込む人の多さといったら。
ベビーカーや車椅子の人は1フロアだけ移動するにもエレベーターを使わなくてはいけない。それなのにたいていの場合、最上階や最下階で乗る人で満員になってしまう。
そのため、中層階で一度降りてしまうと、満杯のエレベーターに何度も失望しなくてはいけなくなる。「優先エレベーター」なのに誰も降りようとせず、その場から数十分動けないことはザラにある。
妊娠中、電車で席を譲ってくれたのはみんな女の人だった。一番寝たふりをするのは、おじさん。
疲れているのかな。朝や夕方、通勤の時間帯に被ってしまうと、みんな見てみぬふりをする。
それどころか舌打ちをされたこともある。
かつての自分は優しかったか?
じゃあ、かつてフルタイムで働いていた時の自分はどうだったかっていうと。
本当に恥ずかしい話だが、正直そこまで気が回っていなかったように思う。
エレベーターを途中で降りて譲ったことはないし、電車で席を譲ったことも数えるほどしかない。
職業柄、終電まで残業をするのも割と普通で、常に頭の中はやらなきゃいけないことでいっぱい。仕事での後悔や反省が頭を支配していて、周りを見渡す余裕や、他人に優しくする気持ちがどれほど残っていただろうか。
「ぶつかりおじさん」に遭遇することも多々あったし、言い訳をすると、自分は自分で武装することに精一杯だったかもしれない。
見たことのない景色を想像することは難しい
でも、そこまで追い詰めて、狭い心の自分に成り果ててまでする仕事ってなんなんだろう、と思ってしまった。お金は大切だけど、全てを正当化できるほどじゃない。
仕事は、人としての優しさや心の余裕があって、その上で「人の役に立つために」するものだと思う。
でもこれは多分、今だから言えることだ。自分が偶然マイノリティになったから、見えただけなのだ。
誰だって見たことない景色のことを想像するのは難しい。
今、娘も8ヶ月を迎え、仕事を徐々に増やしていこうと思っている時期。
仕事で余裕がなくなりそうになったら、このことを思い出して、深呼吸しようと思う。
たくさんの人に親切にしてもらった分、今度は私が優しさを返そう、と心に誓った。
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