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母は詩を詠み旅に出る

「お金をどうするかは考えないほうがいいよ、書くものはそういうのから離れていたほうがいいでしょ」

子どもたちも寝静まった、夜更けのこたつで夫が言った。

旅に出てもいい。

詩を詠んで、文章を書いて

それがお金にならなくてもいい。

そんな状況がもたらされることに驚いて

涙が溢れた。

その許可をずっと下せなかったのは

何より私自身だった。

***

子ども中心の生活を送っていた3年ほど前に、夫の事業の借金が発覚した。

このままでは今の家にも住めなくなると、その頃ちょうど軌道に乗り始めたセラピストの仕事に精を出した。

それは幸いにも適職だったので楽しく、たくさんの方に求められていたのだが、2024年の春に、突然潮目が変わったのを感じた。

そこから、物心ついた時から決めていた、というか、そうなることが「わかっていた」、「文章を書くこと」を自分の真ん中に据えてやっていこうと決めた。

周りにいる直観力やスピリチュアル能力に長けた友人たちからも、「文章での表現に移るんだね」と言われるし、この道が魂の目的だ、と自分でも確信していた。

そこから半年後、なぜか時が止まったような、亜空間に迷い込んだような感覚に襲われていた。
10月にはフランスと中東に旅をし、文章を書く道への確信を深めたものの、それからもまだ何かを書くという気持ちになれなかった。

これまで書き散らしていたSNSで書くことも何か違う気がして、本気になったからこそなのか、「書く」ことへのさまざまな思いや抵抗が、私の内側でさざなみのように寄せては返していた。

周りから、

「書いてるの?」

と聞かれると、「そんなに簡単に書けるものじゃないよ」と、一端の作家のような気持ちになった。

もちろん相手からしたら、ただの近況を聞くような、そして励ましのような気持ちもある、気軽な挨拶なのだろうということも想像できるのだけれど、自分の中に「書けないかもしれない」怖さがある時は、この言葉を聞くと、砂利を噛むような感触が広がる。

一方、借金騒動からも住み続けている古い日本家屋の借家には、かれこれ一年ほどドブネズミが出現しつづけ、日々の頭痛の種になっていた。

自然豊かな田舎に移住したいという夢も、夫の仕事や気持ちがついてこない状態が数年続き、最近では色褪せてきた。

それでも今の家に住み続けるイメージも湧かず、自分でも何をどうしたいのかわからなくて泣きそうなこの数日だった。

夫との関係も、「この人でいいのだろうか」という定期的に訪れる迷いが湧いてくるタイミングで、心を開いて会話をすることも避けていた。

*****

そんな中で、家のネズミ問題と引越しの方向性を話し合わないわけにはいかず、渋々こたつで向かい合って話をしていく中での、冒頭の夫の発言だった。

夫から見ても、私がフランスに一人旅をした時の印象が、とても楽しそうだったこと、私がものを書いて生きていきたいこと、国内での移住先探しが進んでいないことを踏まえ、「たまちゃんは海外に住むか旅をし続けたほうがいいんじゃないか」と言われたのだ。

でも、子どもたちが、お金が…

と言う私(だってまだ借金はある)を抑えて、

「お金をどうするかは考えないほうがいいよ、書くものはそういうのから離れていたほうがいいでしょ」

と。

借金を抱えたどの口が言う、と思いつつ、正直、夫はとても現実的なタイプの人間だしアート関係には疎く、そういう感性はないと思ってきたし、そこが私にとっては長年物足りなかったので、こんなにも「表現」や「表現者」に対して理解ある考えを持ち、かつ本質的なことを言ってくれるとは思いもよらなかった。

泣けた。

泣けたと同時に怖くもあった。

こんなに応援されていて

何も書けなかったらどうしよう

何も形にできなかったどうしよう

そんな不安が湧き上がる。

無関心でもいやだし、応援されても不安になる。我ながら滑稽と知りながら、本当にやりたいことに向かう時、人は怖さを覚えるのだから仕方ない。

夫がまた言った。

「何もできなかったらまたその時に考えればいいよ」

なんだろう、昨夜の夫は久しぶりに、昔いいなと思った彼のよいところがまっすぐに出ていた気がする。
そのことにもまた泣いた。ここ数年、そういうよさが出てこなくなってしまって、なんでこの人と一緒にいることにしたんだろうと本気で考えていたから。

***

こうして私は、きっともうすぐ旅に出る。

その土地土地にただ身を置いて、そこで生きる人の生き様に驚き、出逢いを喜び、詩を詠んだり、日々の出来事や内面のうつろいを書いたりしながら。

お金にならない、誰も望んでない、子どもはどうする、なんていうエゴや現実の声に揺さぶられ、つねに揺れながら、それでも書き続けていきたい。

母は詩を詠み、旅に出る。

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月の糸
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