釣り場から振り袖を思う
去年の成人式、行きたくなかったから行かなかった。自分で決めたことだけど、まだ少しもやもやしている。本当は気にしているのかもしれない。
1学年120人ぐらいの田舎の公立中学校だった。廊下を自転車が走り、教室では椅子や黒板消しや牛乳パックが宙を舞い、休み時間には校庭で髪を染める風景が見られ、卒業式や入学式には毎回警察が来るような、そんな学校。本当にここは平成？と疑いたくなるような、ドラマの中でしか見たことのないような、そんな学校。そんな学校で私は学級委員長を5学期分と生徒会役員（学習委員長）を務めるガリ勉くんだった。昼休みに当たり前の様に返却を延滞している宮沢賢治全集を生徒会室で読むのが好きだった（かっこつけるのが好きなだっただけだと思う）。
学年120人の中から高校に進学した子たちは100人ぐらいで、高校を卒業した子たちは80人ぐらい。その中で大学に行った子たちは10人ぐらい。同級生達は中学卒業と同時に働いていたり、結婚して子供が産まれていたり、自治会役員になっていたり、芸能事務所に入っていたり、前科持ちになっていたり。まだ学生をやっている人なんてほんの一握り。あの卒業式の日から本当にみんな違うところにいるみたい。
大学に進学することが決まった時、近所の人からは「女の子とになして大学に行くとね」と言われたし、お母さんの職場の人からは「男でそいやったら親不孝やけど、女の子は私立でも良かったたいね」と言われた。田舎の嫌なところを詰め込んだような、そんな町。
成人式当日は、太陽の塔を見に行こうと思っていた。何故なら、太陽の塔のポスターには「上を向きにここに来い」と書いてあるから。私はその言葉の通り、首がもげるほど上を向きたい時にはいつだって太陽の塔を見に行っている。しかし成人式の前日、晩ご飯を食べていたらお父さんが「今夜釣り行かんね？かりんが好きなイカとキスが釣れっばい！」と嬉しそうに言うものだから、心の中で岡本太郎に「また今度ね」と言い、そのまま釣り場に向かうことにした。
私の両親は島の出身で（と言っても日本自体が島なのだけど）、おじいちゃんとおばあちゃんは漁師さん。だから、お父さんとの釣りは本格的で大好き。出発は大抵夜中の2時。釣りたい魚の種類、潮の動き、天気、釣り仲間からの情報を考慮してその日の釣り場を決定する。釣り場に行く前には必ず釣り具屋さんに行って生き餌を買い、店員さんから最新の釣り情報を聞き出さなければならない（その週に何処の釣り場でどの魚が釣れてるかを聞き込み調査する）。そしてその後に、深夜の1人体制コンビニで焼きそばパンを買うのがお決まりになっている。これは朝日が昇る時に食べるのが美味いから、日の出まではしっかりとクーラーボックスにしまっておく。ロックをかけてしまっておく。釣り場の猫に食べられちゃ困るからね。
釣竿に魚がかかる時、手元がぶるぶる！！！と震えるような感覚がある。その感覚がすごく好きだ。私の家はゲーム禁止だったので、幼少期にはDSもwiiもたまごっちもやったことがなかった。小学6年生のお正月に従兄弟の家で初めてwii partyをやらせてもらった時、wiiリコモンがぶるぶる！！！と震えたことが衝撃的だった。こんなにも魚の動きを再現できる人工物があるんだ！と感動したことを覚えている。しかし、やはりwiiリモコンのぶるぶる！！！と釣りのぶるぶる！！！は全くの別物だ（本当は結構wiiリモコンを革新的なものだと思っているが、ここでは釣りを優位に立たせる姿勢を貫かせてほしい）。釣りのぶるぶる！！！は戦いである。生き餌を食べるまで大きな海を泳いでいた魚、と真夜中に下調べまでして君を狙いにここにきた私との戦い。
その日の釣れ具合はまあまあだった。成人式と太陽の塔を蹴って釣りに来ているのだから、いつもよりも釣れてくれないと困る！！！！と思っていたが、そんなに上手くはいかない。魚も海も生きているから私の都合に合わせるとか、空気を読むとかそういうことはしない。自然を操れるだなんて、自然が私に従うだなんて絶対に思ってはいけない。自然は人間と同じところにいない。そんなこと本当は分かってるよ全部。だけど、ほんの少しだけ、いつもより釣れないかな、と期待してしまっていた。こういうところ本当に良くないな。
あの日に釣れたキス。本当に綺麗だ。キスが水面から上がる瞬間はもっと綺麗。強い光、白く神々しく、朝日の光が透けるのが綺麗なんだ。大好き。
去年の成人式に行かなかったことを思い出してはもやもやしていたけれど、こうやってあの日のことを文章にしてみると、私、何ももやもやすることなんてないと思う。全部誇らしいよ。ただの釣りエッセイになってしまうぐらいに私はお父さんとの釣りが大好きなんだ。日本に帰ったら絶対にお父さんと釣りに行こう。その日まで、誕生日にもらったmy釣竿をお父さんに磨かせておこうかしら。
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