向田邦子 あ・うん
向田邦子の遺伝子を受け継いでいる是枝裕和や坂元裕二作品に魅了され続けてきたが、ついにその母体の向田作品をNHKで見る機会を得た。
初めてちゃんとビートルズを聴いた大学4年のある日、それまで聴いてきた音楽すべてがビートルズのカケラだったことに気づく。言うなればオセロの面が一気にひっくり返るような体験が今回も蘇った。
大人は本当の気持ちを口に出さない。
娘役の岸本加世子から語られるモノローグは向田邦子自身の父親、家族との中で培われた価値観がそのまま現れている。
鋭い観察眼に上質なユーモアとペーソスを混ぜながら、回を重ねるごとに同じ時間と空間を過ごす家族のような感覚で登場人物全員が愛おしくなる脚本。
その中でもフランキー堺演じる水田仙吉が素晴らしかった。昭和で生きてきた頑固な父親ながらも親友、妻、祖父、娘に対して見せるそれぞれ違う顔。1人の人間を多面的に描くことで何十倍もの魅力が浮かび上がる。是枝、坂元も目指している一筋縄ではいかない光と影のあるグレーな人間たちを繊細に丁寧に描く。
山あり谷ありの壮大な物語よりも1時間の出来事の中で人間の機微を掬い上げる。人間を描く面白さを突き詰めていったらテーマがたまたま家族だったという向田邦子の言葉。
自分自身ホームドラマを見続けている理由は物語の起伏よりも小さい箱で繰り広げられる人間の可笑しみに毎回期待しているからだ。今回向田作品を見たことでより明確になった。
完璧な人間なんていない、人間はみな不完全。
にんげんだもの。