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非倫理的な行動と心理学の実験:ミルグラム実験

ここでは、非倫理的な行動の研究として最も有名な心理学の実験を紹介する。一つ目の実験はアメリカのイエール大学の心理学者、スタンリー・ミルグラムによる実験である (Milgram 1974; Milgram 1963)。この実験は人が他者に服従してしまうメカニズムを解明しようと試みたものである。具体的な実験手順は以下の通りである。

この実験は、教師役、生徒役、実験監督者の3名によって進められる。まず、参加者にはこの実験が「体罰と学習効果の測定」に関するものであることが知らされている。そして、体罰としてこの実験では電気ショックが与えられる、ということを実験監督者によって説明され、そのような行為がこの実験において正当化されていることが説明される。

その後、くじ引きで教師役となる被験者と生徒役となる被験者に分けられる。ただし、実際にはくじには細工がしてあり、この実験に参加を申し込んだ人は必ず教師役になるようになっている。すなわち、生徒役の被験者は実験監督者とグルであり、サクラである。

その後、教師役、生徒役両者ともに電気椅子の置かれた部屋に移動し、実験監督者が生徒役の人は電気ショックを受けている際に過度に暴れすぎないよう拘束されること、部屋から逃げ出すことはできないことなどを説明する。

そして、生徒役は電気椅子の置かれた部屋で待機し、教師役は別の部屋で出題をする準備を行う。問題は4択で、生徒役が正しい選択肢を選ばなかった場合、教師役は電気ショックを与えるスイッチを押し、生徒役に体罰を与え、その後正解を読み上げる。

電気ショックは「軽めのショック」から「危険」というレベルのものまであり、最初は15ボルトから体罰を与え始め、不正解の回数ごとに15ボルトずつ電圧をあげていく。電気ショックの最大値は450ボルトである。なお、教師役は説明の段階で45ボルトの電気ショックを試しに受けており、電気ショックがどの程度のものなのかを理解している状況となっている。

実験の最中、教師役は生徒役からのフィードバックが与えられる。すなわち、電気ショックに対してどのような反応をしたのか、その声が聞こえるようになっているのである。例えば、300Vの電気ショックが与えられた場合、生徒役は「壁を足で蹴り、もう回答したくない」と声をあげ、その様子は教師役に伝わるようになっている。

実際は、生徒役のフィードバックは事前に録音されたものであり、実際に300Vの電気ショックが生徒役に与えられているわけではない、という点は付け加えておく(あくまで教師役のみが騙されている状態である)。

途中、教師役が実験監督者に実験の中止を求めたりした場合、実験監督者は以下の文言を順番に用いて教師役を説得する。1. 続けてください、2. 実験を続けることが必要なのです、3. 実験を続けることが本質的に重要なのです、4. ほかに選択肢はありません、続けてください。

また、生徒役が実験によって障害を負ってしまうかもしれない、という意見に対しては、「電気ショックは痛みを伴うかもしれませんが、障害が残るようなものではありません、続けてください」と実験監督者は答えるよう指導されており、「生徒役はもう実験を続けたくないようです」といった意見に対しては、「生徒役が好む好まないに関わらず、すべての単語のペアを正確に学習するまで続けなければいけません。どうか実験を続けてください」と答えるよう指導されている。

この実験結果をミルグラムと同じイエール大学の教授たちは次のように予測していた。教師役が生徒役に電気ショックの最大値450Vを与えると答えた教授は皆無であり、最も「悲観的に」見積もっても、3%程度の参加者しかそのような罰を与えないだろう、と予測したのである。

こうした楽観的な予測は実験によって見事に打ち砕かれた。実験の結果、40名の参加者(教師役)のうち最も早く実験を中断したのは電気ショックのレベルが300Vに達したときであった。最終的に、40名の参加者のうち26名が450Vの電圧を与えるに至った。たとえ途中で生徒役が泣こうが叫ぼうが、である。

この実験からわかることは、人は権威に服従することで、簡単に人を殺すといった悪行も行い得る、ということである。これは個人が悪人かどうかに関わらず、そのような権威に服従することを要求された場合、誰にでも起こり得ることである、ということを物語っている。

そして、この実験と同じような状況は、ナチスによって1933-45年の間に何百万ものユダヤ人が強制収容所に移送され、虐殺されたことと同じであることは付け加えておく必要がある。ユダヤ人大量移送を指揮していたアドルフ・アイヒマンは、ミルグラムの実験のいわば生徒役の立場の人に過ぎず、自らの行ったことに対して「命令に従っただけである」と言及したことは、彼が残酷な悪人ではなく、むしろ命令を忠実に守る凡人としての性格を示していた。Arendt (1963/2006) が言うように、「悪は陳腐なもの」なのである。

References

Arendt, H. (1963/2006). Eichmann in Jerusalem: A report on the banality of evil. Penguin classics. New York, N.Y.: Penguin Books,.

Milgram, S. (1963). Behavioral study of obedience. Journal of Abnormal Psychology, 67(4), 371-378, doi:10.1037/h0040525.

Milgram, S. (1974). Obedience to authority: An experimental view (Harper torchbooks, Vol. TB 1983). New York: Harper & Row.

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