『星旅少年』第4巻ネタバレ感想
Good Midnight!
ついに発売された『星旅少年』第4巻。
初版には今回もスタッフカードが同梱されたり、カバーを外すと楽しい設定イラストがあったり、今回も細やかな仕掛けが嬉しくなります。ということで感想を書いていきます。
『星旅少年』の感想をまとまった形で書くのは初めてなので、初見の方にもわかるような紹介記事にしようかなとも思ったけれど、そうするととても語り尽くせないし、4巻だけでも思ったことがたくさんあったので、あくまで4巻についてネタバレ全開でいくことにしました。また、4巻以前の出来事や、シリーズ作である『プラネタリウム・ゴースト・トラベル』についても最後に触れています。
ネタバレ全開ですよ!
未読の方は気を付けてください。
一方で、むしろネタバレみてから読みたいんだよね派の人は、ネタバレしても十分にこのシリーズの魅力と、そして残される「謎」への期待は伝わると思うので、ぜひぜひ読んでみてね。
『星旅少年』とは
『星旅少年』は坂月さかなによる〈ある宇宙〉を舞台にしたシリーズ。『このマンガがすごい!2023』に選ばれたり、シリーズ作が日本人初となるボローニャ・ラガッティ賞を受賞するなど、いま注目のお話。
また、宇宙×旅×ミッドナイトモノの金字塔でもある。
昨年は日本SF大賞にもノミネートされていて、概略はこちらの推薦文も参考になるかも。
なーんつって、これ書いたの僕なんですけどね。
例年、日本SF大賞は一般読者からの推薦を受け付けていて、未完結作品は不利とされるものの、何度でも毎年でも推薦することができます。ので、星旅好きはみんなで今年の秋また推薦しましょう!
さて、それでは本題となる感想です。
感想、他の星旅ファンの方々と分かち合いたい気持ちが強い。
episode.18 郵便灯
郵便灯なる仕掛けや、F便というコミュニケーション方法が楽しいお話。アナログ的で、人と人との肌触りがありつつ、けれども気持ちの伝達はあくまで一方向的という、やわらかな距離感がガジェットとして具現されるのが『星旅少年』の醍醐味。
類例を挙げるなら、電信喫茶なんかも淋しげで、だけど宇宙のどこかに確かに隣人を感じられるような仕掛けで、好きだった。
そうした心の機微が、魅力的な小道具を通じて、登場人物たちのエピソードとして展開するのがまた凄み。このお話では、「手紙」というものに対する「怖さ」、という感覚にハッとさせられた。そんな風に思ったことはなかったけれど、言われてみれば、確かに自分の心の中にもそんな色彩があったことに気付かせてくれる。
自由には種類がある。
自分がやりたいことをやれる「積極的自由」と、自分がやりたいことを何者にも妨げられない「消極的自由(不介入の自由)」だ。
『星旅少年』の登場人物たちはみな、自由を譲らず(介入させず)、他者にも不用意には踏み込まず、けれども心の扉は開いていて、という、不介入の自由が尊重された世界なのが心地よい。
けれどもそれはともすれば、遠慮とか、遠さとか、淋しさとか、そうしたものも副作用的にはらんで、そんな一歩だけ引いた立場にいるのが303なのだと思う。
そういう、不介入の自由の在るべき世界を哲学と呼べるほどに徹底し、さらにその先に待つ境地へまで踏み込んでいるのが、『星旅少年』の大きな魅力。
ところで、
このやりとり、さらっとギャグテイストに書かれてるけど、303の正体を知るとまた意味が違ってくるよね…。
さり気なさといえば episode.20 でも、ノイズに交じって
とかアナウンスされてたけど、ノイズのところ、なんて言っていたんだろう。
建物描写、風景描写もうっとりするほど魅力的で、p16の、コテージムーンシェードの輪郭が夜に浮かぶ様子が最高でした。
episode.19 きょうだい
あれだけ悩んで書いた303の手紙がジリに届く。おお、前の話の続きだ。303はいったい何て書いたんだろう。と、期待して開封されれば踊るのは「Good Midnight!」の挨拶一文。それから、303らしいいたずらに苦笑してしまう。
けれど、それは単なるいたずらだろうか。
「手紙」は、心の深いところを伝える信号であり、他者に侵されるべきものではない。もしかしたら、伝えるべきことはきちんと(ではないかもだけど何となくでも)ジリには伝わっていて、けれどもそれを読者に覗かせるつもりはないぞ、という、作者なりのふたりへの心遣いかもしれない。
505からの手紙(の記憶)を、303はトビアスにさえ見せることは嫌がった。だから僕たちも読者も、何らかの思いが伝えようとされたという、その事実を知るだけで充分だ。
ところで、episode.19は、漫画としての迫力も見せつけられたお話だった。
スミヒトが眠るピピを見つけて息を呑むシーンとか、ピピが「帰ったらあの話するの」と言って、一呼吸おいてのジリの「なんでお前が知ってんの」とか。
静謐で優しさのある世界だからこそ、ちょっとした緊張にドキッとする。うまいなあ。
あと、この話はなんか天国感がすごいのが不思議に感じけど、背景が明かるいからなんですね。『星旅少年』では珍しい。建物も楽しいけれど、庭とか木々の柔らかに茂る様子も素敵なんだよねえ。
episode.20 カイトナイト
「石洗い」とか、縁日のアイディアすごいなあ。やってみたい、食べてみたい、と思わせてくれる没入感は本当に醍醐味。お祭りの雰囲気もすごく楽しそうでうらやましかった。
その一方で、episode.20 は不穏さも付きまとうお話だった。
カイトに描かれた子供の姿。カイトが闇夜に遊び、離別してゆくれるは、「鳥」あるいは「天使」を連想させ、つまりは死を思わせる。
それからケーブルカーの親子。ふたりは眠っているけれど、いつから眠っていたのだろう。もしかしたらずっと昔に眠ってしまって、そのままケーブルカーに乗り続けているのではないか。TGP社員であるジリとスミヒトは、それも滅びゆく星の一風景として受け止めている……
なんて想像しつつ読みなおしたら、最初のコマでお母さんちゃんと目を開いてた。よかった~。
episode.21 塔屋ホテル
このエピソードは「星旅」回。
『星旅少年』は3巻で一気に世界の核心に迫ったり、期初より不穏な空気も垣間見えたり、どうしてもセカイの秘密が気になってしまう。また、登場人物たちの人間模様も深まっていて、これらを見守るのも楽しい。
だから、ともすれば星を旅する「星旅」回は、ストーリーが前に進むわけではない、という意味では平凡だ。が、ゆえに日常というか、ホッとするというか、『星旅少年』を読めている感じが一番する回でもある。色んなガジェットがまた楽しいんだよねえ。
塔屋ホテルは、階段の上にハンモックという、現実であれば現場猫がヨシ!しちゃいそうなレイアウトが星旅らしくまた素敵。空間の有効活用感もミニマリズム的で楽しくなる。
受付で塔屋以外には入らぬように言われてたけど、この階段を下りないことは、たぶんお客さんの良心に委ねられているんだろうな。
それから、星屑スカイラインのエンブレムがめちゃカッコよかったなあ。正面カットも迫力とスピード感がすごくてすごくよかった(語彙力)。
また、このエピソードは飯テロ回でもあった。
ぎっしり詰まった枝豆をしかも辛めの油で炒めちゃうとか狂気の沙汰。なぜに狂気かと言えば、この本の読者はみんな、夜寝る前の落ち着いた静けさの中で読んでいるんですよ、さかな先生! それなのに枝豆とか、辛めの油とか、それをおにぎりとか、そんなのもう、小腹が空いてしまうでしょ……!
などと憤っていたらそれも序の口、ラストではまさかの銀杏。そうきたかあ。贅沢すぎるし食べたすぎる……!
episode.22 無人迷子バス
星旅には珍しげなホラー回。
壊れた無人バスという設定が楽しく、しかも住民に「危ない」と認識されてるのもちょっとおかしみ。そんななか、主人公が車掌役を務め、終点を告げる様子は、『ゲゲゲの鬼太郎』の地獄列車を思わせた(鬼太郎すきなので…)。
「生産塔」というシンプルな名称もホラーだ。
ゴーストを抜く、という手段がありうることも認知されているようだけど、この周辺地点ではそれは行われていないにしても、あるいはどこかで……
「生産塔」はどこか破綻して、筋肉のようなものに内側から食い破られて、おぞましさがある。それは木の根だろうけど、木の根であればそれはそれで、いったい何が起きてこうなったのか。
極めつけは塔上部のロゴで、PGT社のロゴに酷似している。けれども違いはあって、標章の中心に描かれるのは「鳥」あるいは「天使」である。PGT社とはいかなる関係をもつのだろうか。
「大事な人がいなくなるって怖いんだよ」の303の言葉に涙。それから救援バスが来て、と(著者の読者に対する)アフターケアというか、落差にやられる。そして連なる靴下がめっちゃよかった。
episode.23 帰還
冒頭で303が乗る有翼宇宙船が描かれるけど、これは明らかに「鳥」を意識して描かれている。宇宙船がこの角度で描かれるのは初めてでは。鳥とは「天使」であり、303は人にとってまさに天使のような存在であることを、読者に確認させるようでもある。
TAMAGOの話は、ちょっとこわかったな…。
というかTAMAGOはいつから木や森に成るものになり、BUTA-NIKUやTORI-NIKUは「採る」ものになったんだろう。
でもやっぱり、旅から戻った303が仲間たちと話しているのをみると、ホッとするよね。次巻では何が語られるのか、待ち遠しい。
PGT社社屋の最上階近くにバス停があるのがまた素敵だった。あそこに停車する様子とか、乗り込む様子とか想像してワクワクする。それとも星船もいつか来たりするんだろうか。
作者は<ある宇宙>の秘密を明かすのか
ということで、第4巻も大満足だった。
第3巻で「RADIX通信」の意味が明らかになったり(めちゃ鳥肌立った)、セカイの秘密と、そして303の核心に一気に迫ったので、第4巻はどうなるかと思ったけれど、第4巻は各人物のいろんな「旅」を楽しめる一冊で、<ある宇宙>が深まった。
第5巻ではどうなるだろう、と期待しつつ、ふと思ったんだけど、坂月さかな先生は果たして『星旅少年』世界の、<ある宇宙>の秘密を全て明かすつもりがあるのだろうか。
というのは、坂月さかな先生が影響を受けたとされる『ヨコハマ買い出し紀行』では、終始不穏な世界が描かれつつも、結局何も明かされずに終わったのよね。
『ヨコハマ買い出し紀行』の主題はおそらく、夕凪の時代の「その後」を、描かぬことにより描くことだったのだと思う。第一巻から最終巻まで、寂寥にみちたすべてのコマが美しく、また怖ろしかった。その最終巻は緩やかに、けれども確実に加速して、そんななかアルファたちの哀しみを乗り越えた様子がどこか無機質なものに感じて、彼女らの永遠に世界が対比されていた。
『星旅少年』も同じように、夜更かしする世界の静謐さと温かさとを描きながら、それら描写をもって、「その後」あるいは「過去の真相」を、描かぬことをもって描くのでは。そんな予感がよぎってしまう……。まあ、それはそれでよいのだけれど……。
と、思いきや!
『プラネタリウム・ゴースト・トラベル』を読み返したらすでに核心に近いことが(断片的だが)描かれていた。当時は全然気づかなかったけど、いま読むと何を意味してたのかが読み取れる。なにこれ、凄……最初からぜんぶ構想済だったのか……。
そして第3巻も読み返すと、ああっ、か、神様! 神様が実は登場してたじゃないか。なんで気付かなかったんだ自分!
神様のお話はむかし坂月さかな先生がポストしてたけど、いまならわかる。神様の隣にいる、303によく似た少年が、誰なのか。そして神様がなぜ、神様なのか。
第3巻の神様登場回である episode.13 には(「おいしい元気たまご」の段ボール箱もめちゃ気になるけどそのあとのページに)年号も映っていて、整理すると、
Planetaria 101年 神様がトビアスを具現させる
Planetaria 303年 アビが303を目覚めさせ、眠る
Planetaria 2045年 現在
という時系列になる。303、1700年以上も過ごしてきたのか……。というか名前の由来は年号だったのね。気付かなかった。
個人的に気になるのはPlanetaria1000年の出来事、「不眠少年」は何者なのか。『不眠少年』は、ゴーストがとにかくかわいくて、寝台列車でカードに負けつつある様子とか、高いところ苦手な感じとか、たまらんのよね。
『星旅少年』にはまだ未登場だけど、出てくるのかな。出てこないかなあ。不眠少年が303の過去の姿である気もしつつつ、心象世界のような気もして、<ある宇宙>を構成し『星旅少年』の核心に関わりつつも、あくまで番外編というか、補完的な位置づけかもしれない。
などなど、つい考察まではかどってしまったけれど、それだけ奥行きの深い<ある宇宙>。次巻も楽しみに待ちたい。
Good Midnight!